山高帽
尾手メシ
第1話
頭が煮立っている。ふつふつと茹だっているが、煮詰まる気配はまったくない。頭の中を文字が滑っていき、意味のない羅列を作っては弾けて飛んでまた羅列を作る。文字は単語を成さず、単語は文から見放され、文は孤高を気取って、てんでバラバラに騒いでいる。全ては虚無と徒労へと発散し、収束していくのは締切までの時間だけだ。
時計の短針はずいぶん前に山を登り終え、無慈悲にも下山を開始している。アイツには登頂の感慨の余韻を味わうといった、言うなれば精神的豊穣性といったものが徹底的に欠けている。説教してやったが、一向に下山を取り止める様子はない。
締切まであと数時間。モニターに映し出されている原稿は、未だ純真無垢な乙女のままだ。放っておいたら、勝手に大人の階段を登らないものか。
「アー」
どこからか奇怪な鳴き声がして、それが自分の口からだと気がついて愕然とする。いかん、限界だ。散歩にでも行こう。
深夜の住宅街など見るべきものは何もない。頭は相変わらずグツグツと煮立っていて、もはや、中身は完全に煮崩れているのではなかろうか。
それでも歩いていると、先の闇の中から山高帽をかぶった男が滲み出てきた。
「やあ、こんばんは」
山高帽をひょいっと持ち上げて挨拶され、思わず会釈を返す。
「お散歩ですか?」
問われて、なぜか事情をすっかり話してしまった。
「でしたら、私が一つ、話をして差し上げましょう」
山高帽が語りだす。それは非常に奇妙で示唆に富み、奇想天外な展開の末に大円団と相成った。
頭の中のピースが回る。しっかりと噛み合い、やがて一枚の傑作が現れた。
けたたましい着信音で気がついた。見なくても分かる。この音は編集者からだ。モニターの原稿には不毛の荒野が広がっていて、カーソルが虚しく明滅している。傑作は無惨に打ち砕かれて、瓦礫の山になっていた。
着信音が責め立てる。
山高帽だ!
山高帽はどこだ!
山高帽 尾手メシ @otame
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