第8話 これはいいスライムです

 物資不足に伴う金銭問題の解決に向け、俺はとある計画を進めていた。

 その計画とはズバリ、国訪問。


 俺はまだこの世界の物価が良く分かっていない。技術面の知識も得たいし、そういった意味でもそろそろ広い交流を持つべきだろう。


 キッシュが嫌がっているので人間の国には行けないが、好戦的で凶悪な魔物の国も嫌だ。

 ユハルとそんな相談をしていると、ちょうどよさげな国が見つかった。


「ドワーフの国、か」

「はい。私も行ったことはないのですが、中立国として有名ですよ」


 ユハルは、テーブルに広げた簡易地図の真ん中を指さす。

 ティフラ大山脈からは陸路で二週間以上かかるらしいが、キッシュに乗ればすぐだ。


 とはいえ、すぐに行きますというわけにもいかない。


「ユハルたちを助けたときのように、危険性を考慮せず無鉄砲に突っ込むのはさすがにやめないとな」


 まずは、ドワーフ国から認識されないくらいの距離まで、低空飛行でキッシュに乗って移動する。そこからは陸路で、ゴブリンの超聴覚が有効な範囲まで近づくのがいいだろう。

 国には近づかず、周辺での情報収集を優先する。


 下見としては、充分な成果が得られそうだ。


「キッシュに掴んでもらうとして、連れて行けるのはもう一人だな」


 ユハルが不在だとゴブリンたちが不安に思うだろうし、リックルとヤックルどちらでもいいが……スキルレベルがやや高い、ヤックルの方に同行を頼もう。


 今回の目的はまず、危険性の有無の確認だ。

 とはいえ、想定外の人間との接触があったとき、こちら側も相手に不信感を抱かせないことが大切である。


 そのためには……


「……身なりを整えるか」


 外を出歩くのであれば、清潔感と真面目さが伝わる恰好で。

 社会人としての基本だろう。


 風呂には毎日入っているが、山暮らしを続けていた俺は見た目がまるで原始人。

 服も洗濯していたが、白シャツのシミは酷いもんだし、黒のスラックスは色が落ちてきた。


 こんな野人が訪ねてきたら、たとえ人間同士だろうと警戒するに決まっている。


 どうしたものかと悩んでいると、ゴブリンの子供たちが俺のそばに寄ってきた。


「ハジメ様! おやつの時間になりまちた!」


 おお。もうそんな時間か。一人のときとは違って、一日があっという間だ。


「こりゃ! ハジメ様はいまお仕事中である! 我慢せい!」

「いいんだ、ユハル。子供たちはこの時間を毎日楽しみにしてるんだから」


 子供たちとの交流は、俺にとっても気晴らしになるし、俺個人の悩みで楽しみを奪ってしまうのも良くない。


「今日のおやつはリップルにするか」

「わあい!」


 ほぼリンゴ味のほぼリンゴ型の果物である。アップルでいいじゃねぇか。


「保管庫から持ってくるから待っててね」

「はーい!」


 俺は作業を一旦中断し、普段は保管庫として使っている洞窟へ向かうことにした。

 ひんやりと冷たい洞窟は、食料や資源の保存をするのにうってつけだ。


「ここも、まあまあいっぱいになってきたなぁ」


 初めは手前だけに置かれていた荷物も、今では洞窟のずっと先まで続いている。

 管理はゴブリンにほとんど任せているため、俺ですら把握していないものも多い。


「リップルは……あれ? 先週はここにあったと思ったんだけど」


 いつもは洞窟のすぐ手前に置かれている果物コーナーが見当たらない。

 そろそろ本格的な夏を迎えそうなので、もしかしたらより気温の低い洞窟の奥に移動したのかもしれないな。


 せっかくなら今ある物の把握もかねて、洞窟を見て回るか。


 リップルは考えた通り、洞窟の中盤あたりにあった。これより奥はほぼ素材系ばかりだ。


「この前の土砂の影響で、毛皮が増えたな。……ん?」


 角ウサギの毛皮が積み重ねられている棚をみて、俺は首を傾げた。

 重ねられている毛皮のうち、一番上の皮だけがツルツルなのだ。ゴブリンたちには、冬に向けての毛皮を貯蓄したいから、油のみを取って毛は抜かないで欲しいと頼んでいたはず。


「俺の伝達ミスかな?」


 リップルと一緒に持っていって聞いてみるか。そう思って手を伸ばすと、また違和感。


「……濡れてる?」


 もしかしてこの洞窟、水が滴るのか? だったら屋根を付けないと、せっかくの保存物が腐敗してしまうかもしれない。


 そう思って上を見上げるが、暗くて何も見えない。


「穴をふさぐだけで済むなら、それが一番楽なんだが……」


 調べみるか。

 天井はそう高くないので、梯子を持ってきて登ってみる。

 手探りで手を伸ばすと、俺の指先に妙な感覚があった。


「なんだ……このモチモチは」


 ほんのりとした弾力があり、冷たい。丸みがあって、柔らかい。

 まるでそう……スライムを触っているみたいな感覚だ。


 掴んで引っ張り、近くで観察してみる。


 目も口もないし、動きもしない。


「魔物……じゃないのか」


 何かの脂肪分の塊か? 

 もしくは、水に何かが混ざって、ゼリー状に固まっているとか。


 色は透明で、俺の体温が当たっても溶ける様子はなかった。


「鑑定で成分が見れるかな?」


 水であれ油であれ、どっちも俺のスキル範囲内だ。

 早速スキルを発動してみる。


 ====

 鑑定結果

 種族名『スライム』

 超弱酸性

 温度 20℃

 ====


「……スライムだ!! 超弱酸性って何!?」


 俺の知ってるスライムはもっと動くんだが!

 この場所に住んで、はや二か月。

 存在に気づきもしなかった、新たなる魔物を発見してしまった。


 ◇


 貯蔵庫の最奥はスライムの住処だったみたいで、手に取った以外にもたくさんいた。

 この山に住み着いているということは、逆に言えばキッシュの強さを利用し、外敵を遠ざけなければ生きられないくらいの激よわスライムってことだ。

 つまり、危険性は一切なし。


 なんで俺のスキルで鑑定ができてしまったのかというと、『スキル発動に必要な純度』ってのが関係していたみたいだ。


 俺のスキル発動に必要な純度は、95%。


 つまり、「ほぼ水」「ほぼ油」の範囲であればスキル発動の範囲内だ。

 スライム……お前、ほぼ水だったんだなぁ……。


 いや、でもこれはとてつもない発見である。


 つまり、俺はスキルレベルを上げ、必要な“純度”を下げていけば、やがて水が含まれているものであればなんでも調べることができるのでは!? 


 ……温度と質だけだけど。


「うおおお!! 服のシミが取れた! 超弱酸性すげぇ!!」


 超弱酸性スライムの発見は、俺の悩みを全て解決してくれた。

 濡らしたシャツの上にスライムを置くと、五分くらいで汚れが溶けだす。あっという間に、新品同様の白シャツの完成だ。


 そしてもう一つ……


「うおおお……溶ける、溶けるぞ……」


 電動髭剃り、超弱酸性スライムバージョン。

 会社員時代、女子社員が脱毛だのブラジリアンワックスだの言っていたが……いいぞ、これはいい。


 髭剃りの仕方は簡単。

 冷たいスライムを口回りにセットし、あとは待つだけ。

 剃刀負けすることもなく、なんだったら古い角質も取れて肌もツルツルになる。


 いつか腕や足の脱毛もやろう。


 異世界最高! スライム最高! 


 注意点としては、放置しすぎるとスライムが眉や髪に垂れてきて禿げる。

 毛皮がツルツルになっていたのも、こいつの体液が当たっていたせいだった。


「いつか見つけたいなぁ……超弱アルカリ性スライム」


 洞窟にいたのは、全て超弱酸性だった。

 ……二つを交配させたら、中性スライムが生まれるのか? 


「気になる……気になりすぎるぞぉ……」


 俄然、この世界に興味がでてきた。


 ズボンの色落ちはどうしようもなかったが、真っ白なシャツと髭のなくなった卵肌。

 髪は女子ゴブリンに切ってもらい……ついに、俺は身なりを整えた! 


 散歩から帰ってきたキッシュが「……ハジメがハジメじゃなくなった!」と騒いでいたが、なにはともあれ


「よし!! いけるぞ、ドワーフの国へ!!」


 いざ、出立である。

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