第7話 国王の怒り
大陸の北部に位置するキルストン王国は、世界有数の人間の国として名を馳せる大国である。
王朝の歴史は五百年にも及び、数々の偉人によって発展と継承に彩られた魔法学術は、人間の文明そのものを強きへと育て、支え続けてきた。
キルストン無くして人は無し。
──無論、誰もが唱えたこの言葉でさえも、今となっては形ばかりの残る"痕跡"へと成り下がってしまったが。
私利私欲に溺れた王室は、更なる権力を求め、他大国の軍事的支配を望んでいた。
自国の強さを他国へと示し、実支配権譲渡への交渉の材料にしようというのだ。
その為にも、破壊竜 キッシュの討伐は最短かつ最大の手段であった。
一息で山を三つ吹き飛ばし、地面を踏めば国が奈落へと沈む。
翼が触れれば海が割け、天候すらも意のままに操る。
魔法・物理攻撃は何一つ通用せず、魔物を支配する魔王たちですら破壊竜キッシュとの戦闘を拒み続けた。
人間の存続どころか、世界の存続にすら影響を及ぼすドラゴンの存在はついに、キルストン王国クレイン・シルベスター国王陛下によって絶やされる──はずだった。
「なぜ破壊竜が死んでおらぬのだ!!」
貿易船から破壊竜の飛行目撃情報が入り、早一週間。
玉座の間にて、クレイン国王陛下は顔を真っ赤にして叫び、玉座の手すりを叩きつける。
正面に控えた大臣らは身を小さくしつつも、互いに視線を合わせ、責任を押し付け合っていた。
「我が国が百年の時を費やして改良を続けた、最高峰の蜂蜜を全て費やしたというのだぞ!! 成功すると言ったのはお主らではないのか!!」
「こ、国王陛下……我々は可能性が高いと言っただけで成功するとは……」
「言い訳は聞いておらん!!」
たじたじと口を開いた者も、クレイン国王陛下の怒りに口を閉ざす。
ドラゴンを殺す唯一の方法は、致命傷を与えること。
破壊竜 キッシュにとってそれは、金属鉱石を口にすることだった。しかしただで口にするほどキッシュも愚かではない。元々主食でもない金属鉱石を口にさせるのは至難の業。
金属の匂いも気配すらも掻き消すほどの、強力な何かでコーティングする必要があった。
世界を悠々と飛び回るドラゴンの目をくぎ付けにし、他の餌すら目に入らないほどの強烈な魅力を放つ、“何か”で。
二百年前に、その“何か”が蜜の類だと学者が発表して以来、キルストン王国は蜂蜜の改良に心血を注いできた。
魔物の国から命からがら持ち帰った“幸運の花”の栽培に成功するのに五十年。
世界に数匹しかいないとされる巨大蜂、ミツミリルオオバチの捕獲に五十年。
そこまでして取れる蜂蜜の量は、年間僅か30グラムと、人類にとってはあまりにも途方もない道のりであった。
「お言葉ですが、国王陛下」
縮こまる大臣らの中から、一人の若い男が前に出る。
イグナス・サリバン伯爵。今回の作戦に唯一、反対を唱え続けていた男だ。
「学者らの見解では、あと五十年は蜂蜜を熟成させるべきだとの意見で一致しているとお伝えしたはずです。一度警戒心を持たれてしまえば、ドラゴンは二度と蜜を口にしないだろうとも」
「私の代で成し遂げ、私の名誉とするからこそ意味があるのだ! もう五十年も待っていられるか! 実際、食わせることには成功していたのだぞ!」
口にしたものの異変に気付いて吐き出したのか。
用意した金属鉱石が致死量に達していなかったのか。
ドラゴンにとっての致命傷が金属ではなかったのか。
失敗の原因は、いまだに掴めぬままであった。
「そもそも、破壊竜による被害はここ数百年、確認されていません。最近の学者の中では、破壊竜は人間に対して敵対していないのではないかという者もあります」
「……何が言いたい、イグナス」
クレイン国王陛下は頬杖をつき、イグナスを睨みつける。
イグナスは怯えることなく、ゆっくりと口を開いた。
「……我々は、破壊竜を殺すのではなく、友好を結ぶべきだったのではないかと」
「ふざけるな!!」
唾を飛ばして激高するクレイン国王陛下を前に、イグナスは目を伏せる。
「人間と魔物が交流を持つだと!? 神に選ばれし存在である人間が、なぜ愚かなる異形に歩み寄る必要がある! 考えただけでも汚らわしい!!」
「ミッシュウェル王国は、その第一歩を踏み出した国です。小国だったかの国が、たった三十年にして我が国と並ぶ大国へと成長したのは、国王陛下もご存じでしょう」
事実である。
ミッシュウェル王国は、大陸の中央に位置するドワーフ国と隣国関係にあった。
魔物の国との境界線にいた同国は、常に魔物に怯えて身をひそめるだけの、小さな国だった。国民の不安を払拭しようと、若き新国王は人間では初となる、ドワーフ国との貿易を求めた。
新国王の堂々たる手腕はドワーフ側を唸らせ、たった一年で正式に友好国となる。
ドワーフ製の武器や道具はミッシュウェル王国へと流通し、世界屈指の防衛力を誇る国へとのし上がった。
そうなれば、傘下に入ることを望む国が増えるのは自明の理。
いまや国益は、キルストン王国の倍とまで言われていた。
「他にも、魔王の傘下に入った方が安全だと唱える国も現れ始めています。このままでは我が国は時代に取り残され……」
「もうよい」
クレイン国王陛下は溜息と共に首を振り、玉座の背に体を預ける。
「キルストン王国の名において、私の意志は揺らがん。破壊竜を殺し、人の世は全て私が支配する」
「……全ては国王陛下のお心のままに」
これ以上口を出せば、自分の首が飛ぶだろう。
イグナスは無表情のまま、胸に手を当てて頭を下げた。
「破壊竜を殺せなかった原因を探れ。責任者はイグナスとする。次、私に呼び出されたとき、分からなかったなどとほざいた場合には……分かっておるな?」
「……承知いたしました」
「さがれ」
イグナスを含む全ての大臣を退出された後、クレイン国王陛下は玉座から立ち上がった。
そして近くにいた家臣へと申し付けをする。
「地下牢へと行く」
「はっ。どの囚人を処刑いたしましょう」
「処刑ではない」
「……と言いますと?」
王宮の地下牢に収容されている者は、刑務所では到底持て余す極悪人ばかり。
特別な管理下にいなければ制御できない能力を持った者が多い。安易に手を出せば、こちら側が危険になる。
処刑通告以外に地下牢へ赴く必要があるのか。
そう言いたげに首を傾げた家臣を、クレイン国王陛下は一瞥した。
「一人だけいるだろう。罪状もなく捕らえている者が」
「まさか!」
「“コハル・シイナ”……奴のスキルに頼るのは癪だが、背に腹は代えられぬ」
彼女の存在は、大臣たちですら知らない。
クレイン国王陛下は納得がいかない表情をしながらも、地下牢へと向かって足を進めた。
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