第6話 いただきます

 二度目となれば慣れたもので、キッシュの破壊光線で無事源泉を得ることができた。

 元々山の麓を散策していたとき、小さな水流を何気なく鑑定してみたのが始まりだ。


 どこかに源泉があるんじゃないかと探していたが、思ったよりも早くに見つかった。

 水質の鑑定結果は、予想通り『炭酸水素塩泉』

 聞きなれた名前でいうのであれば、『美肌の湯』


 ===

 新たな水源を発見しました。

 経験値が入りました。


『水温計』

 レベル15→46

 測定できる液体の種類が増えました。

 ・油脂


『水質測定』

 レベル7→22

 発動条件純度が95%に変更されました。

 ===


「お。なんか追加されたな。あとで確認しておくか」


 おっさんにもなって美肌の湯とは何事か、と思われるかもしれないが、いいじゃないか。

 ただ……一つの問題が発生していた。


「うーん……低いなあ」


 ===

 鑑定結果

『水温28.9℃』

 ===


 スキルで測定した水温は、入浴には向かない温度だった。

 俺が困った顔をしたせいか、隣にいたユハルも不安そうな表情を浮かべる。


「失敗……でしたか?」

「いや。そうじゃないんだ。湯沸かしシステムが必要なだけ」


 堅実的に考えるなら、五右衛門風呂を作っていく方がいいだろう。


「くみ上げシステムも作らなきゃな。ひとまずは周囲の整地だけやって……」

「ハジメ様―!」


 大声で呼ばれ、振り返る。こちらに向かって走ってきたのは、二人の若いゴブリンだった。


「リックル。ヤックル。どうした」


 リックルとヤックルは、村長であったユハルの息子たちだ。活発で意欲が高く、他のゴブリンたちからも頼りにされている。村の存続に関わる重要決定以外は、基本この二人がリーダー的役割を果たしていた。

 俺の配下に入ったからといって今までの立ち位置を崩したくなかったので、二人には今もゴブリンたちの統率を任せている。


「さきほどのキッシュ様の攻撃の影響で、山の反対側の斜面が崩れました!」

「範囲はそこまで広くないのですが、土砂の影響があるので調査隊の一部を撤退させてもよろしいでしょうか!」


 山の反対側といえば、二日ほど前から先発隊が向かっていた場所だ。俺も同行するといったのだが、先に自分たちが安全を確保してくると言われていた。


 地盤調査はしていたつもりだったが、反対側まで気が回っていなかった。こっち側と違って、地盤が緩かったのだろう。


「怪我人は!」

「いえ、全員無事です!」


 なら良かった、と胸を撫で下ろす。

 キッシュの方をちらっとみると、両目いっぱいに涙を溜めていた。


「……怒る? またご飯無しになる……?」


 あんまりにも情けない顔なので、俺はふっと笑ってキッシュの頬を撫でる。


「お前のせいじゃないよ。俺が温泉の掘り起こしを頼んだんだから、俺のせいだ」


 今回は幸い怪我人がでなかっただけで、このままキッシュの光線を使いすぎれば山へのダメージは必須だろう。キッシュにこんな悲しそうな顔をさせないためにも、今後は別の方法での掘り起こしを検討しなければ。


「被害状況を見に行こう。土砂の片付け計画もしなきゃな」


 通常業務の指示をユハルに任せ、俺はキッシュに乗ってリックルたちと山の反対側に向かうことにした。


 ◇


 到着した現場では確かに小さな土砂崩れが起きていた。

 すでに二十人ほどのゴブリンたちが土砂を片付ける作業に入っている。


「リックル、状況は?」

「大きな岩は、我々ゴブリンの小さな体でどけるのは無理です。しかし、土砂程度であれば数日時間を頂ければ問題ないかと」

「木が結構倒れているな」


 山肌が目立つ拠点側と違って、こちら側は未開拓の樹海のような場所だ。土砂に押し流され、大木がいくつか横倒しになっている。

 近づいて辺りを観察していた俺は、目に映った光景に顔をしかめた。


「これは……」


 倒れてきた木が原因か、それとも土砂か。いくつかの小動物がその場に転がっていた。

 どれも、この山に住む野ウサギやリスだ。

 そっと両手で持ち上げると、野ウサギは苦し気に顔をゆがめた。


「……まだ生きてる」


 頭に一本の角が生えた野ウサギはすばしっこくていつも捕まえられないし、尻尾が三つあるリスはモモンガのように飛んで逃げる。

 こんなにも簡単に捕まえられたのが、嘘みたいだ。


 俺の手の中を覗き込んだリックルとヤックルは、嬉しそうな声を上げる。


「おお! 角ウサギですね。肉が甘く、美味しいんですよ。これはちょうどいいですね、持ち帰って夕飯の材料にしましょう!」

「これらの肉は腐敗が早く、乾燥させようにも雨雲が近づいてるので、きっと保存は無理なのが残念ですが」


 ヤックルの言葉を受け、俺は空を見上げる。遠くには雨雲があって、きっと明日から数日は雨だ。塩が不足している山では、天日干しができなければ、肉は保存できない。


 知能のない小動物とはいえ、分類上は魔物だ。一度傷ついた魔物は元には戻らないので、手当をしようが何しようが、この野ウサギたちはやがて死ぬ。


 死ぬ? 

 いいや。助けられるね。

 俺の“温泉”があれば。


 はしゃぐ二人の声を聞きつつ、俺は静かに口を開く。


「……もしかしたら、まだ息のある動物がいるかもしれない。食料の確保は後回しにして、全員で助け出そう」

「どうしてですか? 弱っているなら好都合。簡単に捕まえられますよ」

「きっと食べきれないくらいの食料が手に入ります。余ったものは土に埋めればいい肥料になるでしょう」


 首を傾げる二人を、俺はそっと諭す。


「きっともう死んでしまった小動物だけで食料は事足りる。余るというなら、なおさら全力で助けよう」

「弱き命を助けてなんの意味が……」

「おい! リックル!」


 質問をしかけたリックルを、ヤックルが止める。なぜ止められたのか、気づいたリックルは顔がサッと青ざめた。


「も、もうしわけありません!! ハジメ様やキッシュ様にとっては我々も弱き命! 欲も見返りもなく助けていただいたというのに、自分はなんて言葉を……!!」


 全力で頭を下げるリックルに、俺はいいんだと微笑みを返す。

 彼らにとっては、もしかしたら俺の考えを押し付けてしまっていることになっているかもしれない。それでも、少しずつ伝わってくれたらいいなと願う。


 さっそく、救助活動が始まった。

 大きな岩や大木はキッシュがどかし、土を俺とゴブリンたちで掘り返していく。


 意外にもここで役立ったのが、ゴブリンが持つ固有スキルだった。魔物は種族によってスキルが統一されているようで、個性というより特徴にあたる。


 ゴブリン種の固有スキルは、『超聴力』

 人間の何倍もの遠くの音を聞き分けられ、比較的弱い種の彼らにとっては、危険を避けて生き延びるために役立っているスキルだ。


 スキルランクはDとレア度は低いが、山暮らしをするならば必須のスキルだろう。


 彼らのスキルのおかげで、温泉源も正確に見つけることができた。今回のように土砂崩れの危険を事前に察知して回避できたり、護衛として活躍できる。


 この『超聴力』で生きている生物の呼吸音を聴き取り、正確に掘り当てていく。

 助け出したら、今度はキッシュに運んでもらう。ゴブリン村でも大活躍したロープ付き皮布を担架代わりに、温泉がある場所まで連れていくことにした。


「ユハル! さっき掘り当てた温泉を小樽に一杯すくってきてほしい!」

「ハジメ様!? は、はい! かしこまりました!」


 大量の小動物を連れ帰った俺たちをみて驚いていたユハルだったが、すぐに対応してくれた。


 俺が炭酸水素塩泉を見つけたかった理由は、勿論癒し温泉の意味もあるが、もう一つ。

 炭酸水素塩泉の効能の中には……傷の回復がある。


 主に小さな切り傷などの回復を促進する効能だが、ここ異世界ともあれば何百倍の効果が発揮されるのは、硫黄泉を通して証明済だ。


「試してみるか……回復薬!」


 天然の回復薬が手に入るとなれば、もしものことがあっても安心だ。大所帯になり、想定外の怪我や事故に備えるのは急務だと思っていた。


 汲んできた湯を、角ウサギにかける。

 すると……


「おおお!!!」


 ゴブリンらから歓声があがった。

 傷はたちどころにふさがり、毛もふさふさに戻っていく。急いで他の小動物たちにもかけると、その効果は圧倒的だった。

 目を覚ました小動物たちは、辺りをきょろきょろと見渡し、一瞬で四方八方に散っていく。元気そのものの姿に、達成感が満ち溢れた。


「やった。成功だ!」


 ついに俺たちは、回復薬を手にすることができた。


 残念ながら救助が間に合わなかった小動物は、ありがたく夕飯とさせていただく。


 ゴブリン製ナイフで皮を剥ぎ、部位ごとにわけていく。

 飛びリスはやや臭みがあるとのことだったので、匂い消しのハーブをすり鉢で擦り、肉に塗り込むことにした。

 小さく分けた角ウサギの肉は、同じく切り分けた果物やキノコと合わせて交互に串に刺す。


「お肉だー! 早く食べたい!」

「焦るなって。焦げたらなんも美味しくないぞ」

「僕、待てるよ!」

「えらいえらい」


 テンションが上がっているキッシュがまだかまだかとヨダレを垂らしている中、焚火を使ってじっくりと焼いていく。


 労働をした後の食事は、やはり格別だ。


 ~お品書き~

 角ウサギ肉の串焼き

 飛びリスのハーブ焼き

 キノコのスープ

 ~~~~~~


「風呂にも入りたいが、まずは飯から」


 俺は周囲を見渡し、全員に食事が行き届いているのを確認した。


 確かに、俺たちは食物連鎖の上に生きている。

 でもそれは、命を無駄にしていい理由にはならない。

 必要な時、必要な分だけ。

 だから俺たちは……


「それじゃあ……いただきます!」

「「いただきます!!」」


 頂いた命に感謝すること。それだけは忘れずに生きて行こう。




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