第5話 温泉同好会
契約って、なんぞや。
怪しい取引ならお断りだぞ。とまあ、俺がぽかんとしていると、キッシュが補足を始めてくれた。
「契約のメリットは、互いの感覚が共有できること。どこにいるのか、とか今どんな気持ちかとかもそうなんだけど、僕が感覚として聴き取ってる言葉も分かるようになるよ」
「感覚で聴き取ってたのか!?」
「うーん。説明しずらいなあ……正確にいうと、別にハジメとも声で会話してるわけじゃないよ。君たちにとっては声に聞こえているだけで」
キッシュの声が初めて聞こえた時を思い出す。
言われてみれば、助けを呼ぶ声は脳内に直接語り掛けてきた感覚だった。
キッシュにとっての主な会話手段は念話だが、相手に合わせて変化自在の超音波を使っている感じなのか。
「互いのスキルとかも使えるようになるのか?」
「それは無理。まあ、魔素の共有くらいはできるから、ハジメの体がすっごく硬くなる」
「便利なことだらけじゃねぇか」
「でもデメリットもあるよ。お互いを憎んだり、攻撃したりできなくなる。もししようとすれば、どっちも死んじゃうね」
「いわば、同盟みたいなもんか……」
俺とキッシュが憎しみ合い、傷つけあう?
そんな未来があるわけない。
考えは互いに一緒だったようで、キッシュはニコっと笑った。
「決まりでしょ」
「ああ、頼む」
キッシュは頷くと、何かを念じ始めた。
すると、俺の目の前に文字が浮かび上がる。
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種族名『ドラゴン』
個体名『破壊竜 キッシュ』との契約を結びますか?
注意点 契約は生涯破棄することができません。
YES・NO
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何やら物騒な名前が見えてドン引きしたが、俺は少しの緊張感と共にYESを押す。
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契約名を打ち込んでください。
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「契約名か。何にするかな……」
異世界っぽく、何かかっこいい名前にしようかとも迷ったが、俺はパッと頭の中に浮かんだ言葉を入力した。
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契約が成立しました。
個体名『サカタハジメ』は個体名『破壊竜キッシュ』との契約を結びました。
契約名……『温泉同好会』
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おお、できた。と感動もまもなく、画面がさらに切り替わる。
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個体ステータスが変動しました。
種族名 人間
個体名 サカタハジメ
契約者 破壊竜キッシュ
契約名 温泉同好会
攻撃力 5
防御力 9999999
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……再びドン引きである。キッシュが持つ魔素量はどうなってんだ。
俺は多分、事故や攻撃で死ぬことはなさそうだ。
キッシュが言った通り、スキルパラメーターには変化がなかった。
確認したいことも気になることも山ほどあるが、まずはゴブリンだ。
老ゴブリンの方に向き直ると、彼はあんぐりと口を空けていた。
「は、破壊竜様と契約を結ばれたのですか……!?」
おお、本当だ! 言葉が分かる! すげぇ!
テンションが爆上がりしている俺をよそに、老ゴブリンは俺に向かって土下座した。
「な、なにしてるんですか! やめてください!」
「なんとも恐れ多い! 契約されし魂は同等の存在です! それが破壊竜様となれば……神が二人、目の前にいるのと同じです!」
あれ? そんな説明されたっけ? 知らない間にとんでもないことになってないか?
チラリとキッシュを見ると、キッシュは俺からサッと目を逸らした。
うん。明日の夜ご飯は飯抜きにしてやろう。
「頼むから普通にしてください! 俺も普通に話しますから。言葉も通じたことだし、これからは仲良く一緒に居れますよ」
「それは……我々を温泉同好会の加護に入れていただけるということですか!?」
「良く分からないけど、普通にしてくれるならそういうことでいいよ。困ったことがあればいつでも助けるから」
感涙するゴブリンに愛想笑いを返しながらそう伝えると、俺のパラメーターが再び表示された。
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種族名『ゴブリン』を48匹、『温泉同好会』の配下に加えました。
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「うん、どこかのアイドルグループか何かかな?」
キッシュは「彼らは初めから配下に入るのを望んでいたからいいじゃん」というが、俺が望んでいたのは対等な関係で……。
どうやらキッシュと契約してしまっていた俺は、もう他の生物と契約を結ぶことができないみたいだ。
契約できる数も、生涯でただ一人か。俺は別にいいけど……キッシュはそれでよかったんだろうか。
そう考えた途端、俺の胸がほんのりと熱くなった。感覚的に分かる。キッシュの気持ちだ。
心底満足そうで、幸福が伝わってくる。
言葉には現れないこの暖かさに、俺はそっと微笑んだ。
◇
ゴブリン村救出事件から早二週間。
48人のゴブリン達は、拠点を俺が住むティフラ大山脈へと移した。
彼らの拠点作りを進めつつ、食料の確保や露天風呂の整備を手伝って貰っている。
「これだけ大所帯となると、その日暮らしの生活はそろそろ厳しいなあ……。畑や家畜を飼えたらいいんだけど」
ふむ。理想的なスローライフへ向けて次はどうしていこうか。
野山を高地から眺めつつ、頭の中で計画を練る。
「何をするにも、今は道具不足。もう少し発展した場所に買い付けに行くとなると……必要なのは金かぁ」
山に一番無いものである。
異世界と言えば素材の換金だが……それは人間の国が主流だと思うしな。移動の基本がキッシュである以上、不要な混乱を避けるため、人間との接触はまだ避けたい。
「ゴブリンのように、魔物でもある程度の知能があって、コミュニティや物流を築いている場所に行ってみたいな」
計画実行の順番を決めかねていると、俺の元に誰かが駆け寄ってきた。
「ハジメ様! ご所望のモノが見つかりましたよ!」
あの老ゴブリンだ。彼は村の村長だったらしく、名前をユハルと言う。
俺の配下に入り、キッシュの魔素の影響を受けたからか、彼をはじめとするゴブリンらは少し若返ったし、なんだかさらに人間っぽさを増した。
「おお! まじか!」
「はい! キッシュ様もお帰りになられたので、すぐに作業が始められます!」
計画は一旦置いておいて、これは嬉しい知らせだ。
ゴブリン達には、作業の合間を縫ってティフラ大山脈の調査を依頼していた。
元々硫黄泉があった山だ。
「あると思ったんだよな……新しい温泉!」
やらなきゃいけないことは山積みだが……まずは新たな温泉との出会いだろ!
「俺の目論見通りなら……引き当てるぜ、“炭酸水素塩泉“!」
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