第3話 ゴブリン村発見!

 それから一か月後。


「ふいいー。気持ちいいねぇ、温泉ってのは」

「おい、キッシュ。長風呂しすぎると体がふやけるぞ」


 温泉の噴き出しが落ち着くのに少し時間はかかったものの、積み上げた石を上手く使い、簡易的な露天風呂を作ることに成功した。

 温泉に興味すら持ってなかったはずのキッシュは、今では一日の大半を温泉の中で過ごしている。


 この一ヵ月、キッシュとの会話を通して様々な知識を得ることができた。

 俺が迷い込んだ異世界は、元の世界とは違い大きな大陸がどんっと一つある地形らしい。

 形としては、バナナっぽいかんじ。


 俺がいるのは、ティフラ大山脈といって、地図上では真ん中の下あたり。


 攻撃性のある魔物や大型の魔物は住んでおらず、基本的にはほぼ動物と言っていいくらいの知能が低い虫や小動物がいる。

 というのも、ティフラ大山脈はキッシュの住処だったようで、彼曰く「僕がいるから、他の魔物は怖がってこないよ」とのこと。

 そのおかげで俺は奇跡的に安全な生活を送れていたわけだ。


 人間と魔物は別れて暮らしており、いくつかの独立した国(魔物の場合はテリトリーというべきか)があるらしい。


 詳しく聞こうとしたが、キッシュから「人間だの魔物だの。僕がそんな小さいことに興味あるわけないでしょ」と流されてしまった。


 ティフラ大山脈にいる時点で大体予想していたが、俺はどちらかと言えば魔物側の生息地域にいる。


 俺が転移者だってのも伝えたが、キッシュはそこまで驚かなかった。


 興味深かったのは、やはりスキルについてだ。


 この世界にいる生物は全て、生まれたときから一つだけスキルを持っている。

 所謂、「固定スキル」というもの。

 鍛錬や経験を通せばレベルも上がるし、条件が揃えば進化したり、同系統のスキルが追加されたりする。

 例えば俺の「水質鑑定」は、追加スキルってわけだ。


 ちなみに、キッシュにはスキルがない。

 というか、キッシュという存在自体がスキルそのもののようで、本人の感覚としては普段から使っているのか使っていないのかさっぱり分からないらしい。


「さすがドラゴンってところか」

「いま僕のこと褒めてくれた?」

「気のせいだ。さ、飯にするぞ。あがってこい」


 キッシュは目を輝かせ、いそいそと湯船を出て俺の元へと近づいてきた。


「今日のご飯は!?」

「ラユの塩焼きと牛肉芋虫の丸焼きだ!」


 鮎じゃなくてラユ。味は淡泊な魚だが、癖がなくて美味い。骨が細く、焼けば骨まで食べられる。近くの川で毎日釣れる、俺の主食だ。


 牛肉芋虫は、木の根元を掘れば見つかる。キッシュに聞いても特に正式名称はないようだったので、適当に命名した。


 渾身の出来栄えに満足する俺とは反対に、キッシュはげんなりとした表情をしている。


「またこれぇ? ハジメの料理は美味しくて好きだけど……」

「仕方ないだろ。お前のせいでこの辺りには生物が少ないんだから」


 本当は肉を食わせてやりたいが、小動物を捕まえる俊敏さも便利なスキルも俺にはなく

 キッシュに一度頼んだら周囲の木々が倒れ、二次災害が凄まじかったので頼むのをやめた。


「不満だったら狩りに行けばいいだろ?」

「嫌だよ。ハジメの料理が美味しいから、もう普通のご飯食べられない」


 結局よだれを垂らしながら魚をパクパクと頬張るキッシュを見て、俺は目を細めた。

 いつも騒がしく自由気ままなキッシュだが、こういう素直なところは可愛いと思う。


 美味しい食事が食べられて、温泉で疲れをいつでも癒せる。話し相手も出来て寂しさがなくなり、キッシュの相手をするのも楽しい。


「いい異世界スローライフだなあ。こういうのでいいんだよ、こういうので」


 三十二歳にして、早くも余生を感じ始めた。

 牛肉芋虫をしみじみと味わっていると、キッシュが突然思いついたような表情をした。


「ってことはさ、もっと凄い食材を用意すれば、僕はもっと美味しいものを食べられる!?」

「そうだな。雑食や肉食動物は臭みがキツイけど、丸々と太った草食動物だとか、でっかい魚だとかは俺も料理のし甲斐がありそうだ」

「でっかい魚! どれくらい!?」

「お前の図体くらい」


 冗談っぽく笑いながら伝える。

 俺と意図とは反して、キッシュの目の輝きがさらに増した。


「捕りに行こう!」

「ああ、捕りに……はあ!?」


 思い立ったら吉日、とばかりにキッシュは立ち上がり、羽ばたきを始めた。


「おい! 落ち着け! クジラみたいなのをこんな山に連れて来られてもどうにもできんぞ!」

「じゃあ、ハジメも一緒に行こう」


 キッシュはふわりと軽く浮き、前足で俺のからだをわし掴みにする。

 まるで、鷹に捕らえられた野ウサギ状態だ。


「そういう運び方!? ドラゴンっていったら、背中に乗るのが定番じゃないのかよ!」

「飛行中、僕の首元にずっとしがみついていられる体力あるならいいけど」

「……このままでいいです」


 なんとも情けない運ばれ方をしつつも、なんだかんだ初めての外出だ。

 空中移動であれば、危険性はほとんどないだろう。


 巻き込まれた形にはなってしまったが、ワクワクした心が湧きあがったのも事実だ。


 上空からみた世界の景色は、自然で埋め尽くされていること以外、現実世界の景色とさほど変わらない。

 しかし異世界という認識の元、広大な大地を目にすれば、感動が胸を占める。


「海まで行くのか?」

「うん。人間側の方はちょっと面倒だから、あっちに行くね」


 キッシュが首をクイっと動かして示した先には、薄っすらと海らしき景色が見えた。

 歩けば何日もかかるだろうが、キッシュであれば大した距離ではないのだろう。


 事実、見る見る間に辺りの景色が移り変わっていた。


 海が近づくにつれ、徐々に高度が下がっていく。

 ここからなら地上の様子が良く見える。真下に広がる森林を観察していると、一部分でハゲワシのような黒い鳥が大量に飛んでいるのに気が付いた。


「キッシュ。あれはなんだ?」

「ああ。あれはステュムパリデス。腐肉を食べる鳥だよ。用心深い奴らでさ。捕食対象が完全に死に絶えるまで絶対空から降りてこないんだ」

「……ってことは、あそこに死にそうな人がいるのか?」

「人間じゃないと思うけどね。あれだけ大量のステュムパリデスが群がっているなら、何かの魔物の群れが滅びそうなんだと思うよ」


 平然とした口調のわりに物騒な話だ。


「弱い群れが強い魔物に襲われているとかか?」

「ステュムパリデスがいるなら違うと思う。集団で怪我したとかかなあ?」


 怪我、か。

 キッシュで判断ができないのなら、近づくべきではないのだろう。どんな魔物が待ち受けているのかも分からない。

 だけど……知ってしまったからにはモヤモヤとした気持ちが芽生える。


「なあ……助けに行けないか?」

「ええ! 行かなくていいよ! お魚は!?」

「魚はいつでも食える。でも、助けられるかもしれない命は今しかないんだぞ」


 キッシュは困ったような顔で微笑んだ。

 何かを言いたそうなのに言わない。こんなキッシュの顔は初めてだ。


「ハジメは優しいね。僕、ハジメのそういう優しさが好きで一緒にいるんだった」

「ありがとな」


 キッシュは大きく旋回し、進行方向を変えた。

 俺たちの存在に気づいたステュムパリデスは、我先にと逃げていく。


 降り立ったのは、小さな村落だった。

 茅葺屋根の掘っ立て小屋が至る所に立ち並び、生活の痕跡がある。しかし、どこか物寂しいような……活気を感じられない村だ。


 誰もいないってわけじゃなさそうだけど、今のところ姿かたち見えない。


「すみませーん。誰かいますかー」


 声を上げて、しばらく待つ。

 すると、一番近くにあった小屋の扉がゆっくりと開いた。


 中から出てきたのは、小型でやせ細った、見るからに年老いた人型の生物だった。

 ボロボロの布切れ一枚を身に纏い、警戒心と恐怖が入り混じった表情で俺とキッシュのことを見ている。


「キッシュ。あれは……」

「ゴブリンだね」


 おお、これがゴブリン。俺の身長が175センチだから……大体背丈は半分くらいか? 

 武器などは持っていないようだが、友好的だとも思えない。


 俺は馬鹿だな。助けたいという意志のみで訪れたが、戦闘になる可能性を考えていなかった。


「〇▲□□×──!?」


 ゴブリンは聴き取り不可能な声を上げる。

 これはまずい。キッシュといたせいで感覚がバグっていたが、この世界の魔物と意思疎通が取れるとは限らないんだった。

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