第2話 温泉発掘
緊迫感を感じていたのは俺だけだったのか、と言いたくなるくらい間の抜けた声だった。
ドラゴンは大きな目からポロポロと涙をこぼし、腹痛を訴えている。
「腹が痛いって……え、怪我とかじゃなくて……?」
「お腹が痛いよう!! 早く助けてよう!!」
まるで子供のように喚くドラゴンに感化され、俺も慌てふためく。
人間ならともかく、俺はドラゴンの腹痛の対処法なんて知らねぇぞ!
「な、何食ったんだ! ペってしなさい! ペって!」
自分でも何言ってんだか、と思う。
俺の言葉にドラゴンは頷き、苦しそうな顔で何かを吐き出した。
「これは……石か?」
言っておいて今更だが、よくわからない生物の溶けかけた死骸とか出てこなくてよかった!
「お腹が空いたから、金属を食べたんだ! そしたらお腹が痛くなった!」
「食物連鎖最上位で数多の選択肢がある中、なんで金属を食おうと思ったんだよ!!」
「いっぱい蜜が塗ってあって、美味しそうだったから!」
「それ、多分罠!! よくわからないけど、多分お前、まんまと引っかかってる!」
馬鹿、なのか。コイツは。
「ドラゴンは金属だけは食べちゃだめなんだよう! 分かってたのにぃ……でも蜜が! 僕の大好物で! 死んじゃう! 死んじゃうよぉ!」
「だあ! どうにかしてやるから、ちょっと黙っとれ!」
とは言ったものの、俺は医者でもないし、ましてやドラゴンの治療方法なんて知るわけがない。
金属を食って腹が痛いってことは……要するに、金属中毒か?
なおさらこの場でどうにかできる方法なんて……
途方に暮れかけたとき、何やら軽快な音がしてスキルを表すホログラムが勝手に起動された。
===
新たな水源を発見。
経験値が入りました。
スキル追加条件を満たしました──固有スキルレベル5。二つ以上の水源の発見。
追加先『水質鑑定』
スキルを開放しますか?
YES ・ NO
===
「あっちもこっちも騒がしいなあ! 良く分からんが、YESだ!」
===
認証されました。
『水質測定』が追加されました。
発動条件は、純度100%のみです
===
一度視界が霞んだかと思うと、俺の視界の端で新たなデータが表記されている。
ドラゴンから目を離してそちらに目を向ければ、データは地面の僅かな裂け目を指していた。
その裂け目から、乳白色の液体が僅かに漏れ出ている。
「これは……」
===
鑑定結果。
『硫黄泉』
水温 40.3℃
===
温泉だ。どこからどうみても、立派な温泉である。
中腹に来た時から気になっていた異臭は、腐った卵のような匂いで……間違いなく硫黄の匂いだった。
ドラゴンに気を取られて深く考えていなかったが、ここはおそらく温泉源なのだろう。
いままで近くに暮らしてきていて気づかなかった。というより、コイツが落下した衝撃で掘り起こされたのか?
「温泉って分かったところで、薬にもなんにもなら……」
ふと、温泉マニアの知識が脳裏によぎる。
「確か硫黄泉って、金属中毒の解毒効果があったよな……」
いや、硫黄泉って飲んでいいのか?
人間は駄目だけどドラゴンだったらセーフか?
いやいや。そもそも、温泉水ってのは気休めの治癒であって、完全療法なんかじゃないし。
もやもやと悩んでいる間にも、当のドラゴンはうんうんと唸っている。
ええい、いま俺に出来ることはこれしかない!
「飲め!!」
俺は掌に乳白色の温泉をすくい上げ、ドラゴンの口の中にぶち込んだ。
「しょっぱい! まずい!」
「良薬口に苦し! 効くと信じて飲め!」
「虐待だよ! ドラゴン虐待反対!」
「真心込めた手当だ!」
騒ぐドラゴンを宥めつつ、俺はひたすら温泉を飲ませ続ける。
五杯目をぶち込もうとした頃だっただろうか。
「……痛くないかも」
あれだけ騒いでいたドラゴンが、ぴたりと静かになり、きょとんとした表情をした。
「噓だろ……効いたのか……?」
「痛くない!! 治った!!」
「……そりゃあ何より」
唖然とするしかない俺をよそに、ドラゴンは起き上がってご機嫌な顔をしている。
ドラゴンという生物が思ったより単純な構造をしているのか。
それとも、異世界の温泉効能ってのは、元の世界よりずっと強いのか。
ともあれ、安堵と疲れがどっと押し寄せた俺は、その場にへたり込んだ。
「ありがと、ありがと」
「分かったから、頭を噛むなって」
俺にすり寄るドラゴンの嘴を撫でつつ、改めて辺りを見渡す。
所々湯気が立ち上り、ほんのりと水溜まりがいくつかできている。
「足湯くらいならちょうど良さそうだな」
俺の独り言に反応したドラゴンが首を傾げる。
「どうして人間がここにいるの? 人の姿をしただけの魔物?」
「俺は坂田肇。れっきとした人間だよ。なんでってまあ……迷い込んだんだ」
「ハジメ、ね。ここで人間なんて初めて見た。僕はキッシュ。世界最強のドラゴンだよ!」
「誘惑に負けて金属を食うドラゴンが世界最強なわけあるか」
キッシュはやや不服そうな顔をしたが、視線を俺と方向へと向ける。
「それで、足湯って何? 美味しいの?」
「お前なあ……。足湯ってのは、足をお湯につけるんだよ。癒しの効果がある」
「……それだけ?」
「そんなこと言うな。桃源郷だぞ。ま、本当は温泉に全身つかりたいんだけどなあ!」
この山に湧いている温泉は湯加減もちょうどいい。さっきはキッシュを助けるのに夢中で考えてもいなかったが、触っても肌への影響はないみたいだ。
でっかい露天風呂なんか作れたら……最高だろうなあ。
なんて考えて、首を横に振る。
「異世界温泉でスローライフは俺の夢だけど……流石に手作業で掘るには無理があるかな」
人員が要れば話は別だろうが、地盤も固いので機械無しで掘るのは現実的じゃない。
足湯が確保できただけでも、この場所を発見できた価値があるだろう。
「ここを掘りたいの?」
「そう。下に埋まってる温水源まで貫通できれば、一気に温泉が噴き出すんだ。でも、深さは平均しても1000m以上あるし……」
「僕が掘ってあげようか? ハジメにお礼したいし。夢なんでしょ?」
「は?」
今度は何を言い出したんだと思えば、キッシュは早速大口を開けている。
地面に顔を向けたキッシュの口回りに、何やら光が収束し始めた。
「たった1000mでしょ? 余裕余裕」
「ちょ、馬鹿……! 待て……!」
止めるも意味なし。
キッシュは口から一閃を吐き出した。
まばゆい光が辺りを包み込み、俺は咄嗟にキッシュの足にしがみつき、目を瞑る。遅れてやってきた轟音が鼓膜の機能を破壊したのは言うまでもない。
しばらくして、頬に温かい水滴が落ちる。
恐る恐る目を開けると……
「嘘、だろ……」
「調節完璧でしょ」
天まで届かんばかしに噴き上がる温泉。
ドヤ顔で鼻を鳴らしているキッシュ。
かくして俺は、ドラゴンを助けたお礼に念願の温泉を手に入れた。
始まるのか? 俺の異世界温泉スローライフが。
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