ドラゴンの湯~おっさんは外れスキル「水温計」でチートな異世界温泉スローライフを送りたい~
はちみつ梅
第1話 転移しました
俺の名前は
大学を卒業し、泣く子も黙るブラック企業に勤めて、十年が経った。
年を追うごとに増える仕事と責任。そして増えない給料。
周囲の白い目を耐えてもぎ取った有休を明日に控えた俺は──交通事故で死んだ。
あー……明日の温泉旅館、キャンセルの連絡入れなきゃ。
体に染みついた報連相の精神が、死に際にまで顔を出す。
そうして俺は、気づけば異世界に転移していた。
目覚めた場所はどこかの山奥で、この世界では太陽が西から東へと昇る。
最初こそはパニックになりかけたが、人間慣れるもんだな。
気候は丁度いいし、危険な生物もいないようだ。見たことのない形をした南国風の果物と、近くの川で捕れるでっかい目玉の小魚。焼いて食うとなぜか牛肉の味がする謎の芋虫など。
水と食料に困らないおかげで、娯楽がない以外は至って快適な暮らしを送っていた。
気がつけば人っ子一人出会わないまま、二週間経っていた。
「いやあ、相変わらずいい景色だ。山暮らしってのも悪くないな」
偶然見つけた洞窟を拠点に近くの川を目指して歩きつつ、一人呟く。
この異世界がどれくらい広いのかも知らないし、現在地がどこなのかも分からない。
ただ、今のところ安定した暮らしを送れるこの場所から離れようとは思っていなかった。
「欲を言えば、温泉とかあれば最高だったんだけどなぁ。水で体を洗うのは、覚悟がいるんだよな」
何を隠そう、俺は無類の温泉マニアだ。
ブラック企業に勤めていた俺だったが、少ない休みを利用して、秘境なんかを訪れては癒しを得ていた。
「ま、求めすぎか」
へらっと笑ったところで、誰から返事が来るわけでも無し。三十を超えたおっさんとはいえ、話し相手がいないと寂しいものだ。
すっかり行きなれた川が見えたとき、俺の視界にゲームのパラメーターのようなものが表示された。
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使用者 サカタ ハジメ
固有スキル 『水温計』
レア度E
レベル4→5
追加スキル 無し
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浮かび上がった文字は、しばらくすると自然と消えた。
「お。レベルがあがったな。これといった変化はないけど、上がるとやっぱ嬉しいもんだなあ」
偶然発見したのだが、これのおかげで異世界だと認知できた。
どうやら、この世界にはスキルというものがあるらしい。
基本的には念じることで発動できるのだが、今のようにレベルがあがったりすると自動表示される。
俺の持つスキルは、『水温計』
名前の通り周囲にある水の温度を見ることができるが、スキル自体に攻撃力も防御力もサブスキルもない。
おかげさまで……
====
個体ステータス
種族名 人間
個体名 サカタハジメ
攻撃力 5
防御力 0
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表示してみた個体パラメーターには、いくらスキルのレベルが上がろうと何一つ反映されなかった。攻撃力5ってのは、俺のパンチ力か? 悲しいなあ。
「うーん、どう見てもただの外れスキル」
せっかくならチートスキルを期待したが、世界はそう甘くないみたいだ。
かろうじて料理で使うかもしれないが、今のところあってもなくても困らず、川に赴いてレベルを上げてみるくらいしかやることがない。
「今日の川の水温はっと……」
スキル発動、と念じてみる。
===
鑑定結果
『水温17℃』
===
以上である。
気候の過ごしやすさと水温から見るに、今はだいたい5月くらいだろうか?
ちなみに『水分』の温度は見れるのかと、果物なんかを見て見たりしたが、結果は『測定不可能』だった。
「……測定不可能ってことは、いずれ可能になる可能性もあるのか?」
なったところで。
俺は溜息を一つ吐き、ホログラムの最後を指でなぞる。
「スキル追加……か」
タップしてみると、『経験値不足のため、追加が存在しません』とエラー表示が起きる。
「レベル5になってもだめかー」
そもそも、スキルレベルと経験値が一緒なのかも分からないな。
外れスキルだとわかっていても、探求心は湧きあがってくる。
ステータスを閉じて、俺は空を見上げた。
雲一つない快晴で、肌を撫でる風が心地良い。
「……いいかもなあ。このままこの場所でスローライフってのも」
働いて、働いて、働いて。
健康にも趣味にもプライベートにも時間を割けなかった俺にとって、小さな試行錯誤と自由気ままに過ごす異世界生活は、案外心地よかった。
「下手にこの区域から出て変な動物と遭遇するのも嫌だし」
夕飯用の釣りでもしてから帰るか。
今朝採った、やけにいい匂いのする草を香辛料代わりに魚を焼いてみよう。
そう思って釣り具を手にしたとき、辺り一帯に影が差した。
さっきまで晴れていたはずなのに、と再び空を見上げる。
「なんだ……あれは……」
上空、しかもそこそこ低空の位置を黒い物体が通り過ぎていく。
飛行機かとも思ったが、逆行のせいで上手く視認できない。
物体は俺の真上を通り過ぎ、山の中腹辺りへと向かって下降している。
「落ちる、のか?」
急変した日常に不安を感じた、十数秒後。
どおおおん……と凄まじい音と大地の揺れが俺を襲った。
「なんなんだよ……!」
音がした方向からは、巻き上がった土煙と大量の鳥が空へ飛び立つ様子が見える。
やがて揺れは収まり、辺りにはいつもの静けさが戻る。
目視なので正確ではないが、何かが落下した位置は俺の拠点からそう遠くなさそうだった。
人工物だったのか否か。ともあれ、あれだけの墜落だ。怪我人がでているかもしれない。
状況によっては現在の居住地にも影響がでるかもしれないから、確認は必要だ。
「けど……山の中腹まで行ったことなんて……」
俺がテリトリーにしているのは、拠点である小さな洞窟と川までの往復のみ。
見知らぬ場所まで赴くというのは、それだけで未知の生物と遭遇する危険性があった。
迷いが俺をためらわせる。
「……何が落ちたのかも分からないところに不用意に近づくほうが危な……」
──イタイ
行くのを諦めかけた俺の耳に、弱弱しい声が届いた。
耳? いや、まるで脳裏に直接語りかけられているような感覚だ。
──イタイ……。
二度目の声が聞こえたとき、俺は迷いも考えも置き去りにして、落下地点を目指し走り出した。
まともに走ったのなんて学生の頃以来だ。俺はもう三十を超えてるおっさんだぞ。
もつれる足と荒れる息。
一心不乱に駆けたおかげか、周囲に危険な生物がいるかどうかなんて確認せずに済んだ。
どれくらい走っただろうか。息も絶え絶えにたどり着いたのは、山の中腹だというのに先ほどよりずっと気温が高い場所だった。
それに、妙に湿っていて湿度が高い。
「蒸し熱い……それに、この匂い……」
鼻を抑えて異臭に顔を顰める。
飛び散った岩の上に登り、周囲を見渡していると、いた。
むき出しの山肌はクレーター上にへこみ、中心で黒光りする物体が横たわっていた。
ようやく全貌を確認できた俺は、目を見開く。
見上げるほどの巨体に、先端が二股に分かれた二つの角と長い首。太い四つの手足。後ろ足の奥からは、長い尾が垂れていた。
全身を覆うのは、黒光りする鱗だった。
「ドラ、ゴン……?」
まさか、そんな。
こんなの、ファンタジーモノでしか見たことがない。
いや、ここは異世界だった。
声の主は、このドラゴン?
呆然とする俺だったが、ドラゴンの全身が震えているのに気づく。
「おい! 大丈夫か!」
ハッと我に返って近づき、声をかけるも応答がない。
周囲の状況からして、墜落したのはコイツで間違いないとは思うが……
「俺の言葉が分かるか!?」
ドラゴンの瞼が薄らと開き、その眼に俺の姿が映る。
そして、ゆっくりとドラゴンの口が動いた。
話せるのか!?
「お腹が……いたぁい……」
————————————
【 作者からの大切なお願い 】
この物語の続きが気になる! 楽しそう!
ドラゴン可愛い!
スローライフとはいえ、奥さん。何かあるんでしょう?^^
と思ってくださったら、★やフォローを頂けると心から喜びます!
もしよければコメントやレビューも貰えたら……泣いて喜びます。
初めての異世界ファンタジー小説ですが、毎日更新で頑張っていきます。
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