第32話 退院

 退院前日には眼科の検診があった。手術前と同様に、視力や視野検査など、いくつかの検査をしていただく。複視の状態については、症状が固定するまで最低半年ぐらいは経過をみていく必要があるとのこと。それまでは定期的に近くのかかりつけ医を受診してくださいと言われ、紹介状と診療データの入った封筒を渡される。「複視の症状を改善するために自分でできることはありますか?」と聞いてみたが、特にないという返事。こちらも耳鳴り同様に、一朝一夕で改善することはなさそうな雰囲気だった。

 退院前日の夜は、満月だった。夜間はいつも窓のカーテンが閉まっているので外を見ることができないのだが、看護師さんに「今日は満月なので見ていいですか?」と頼んだら、快くカーテンを開けてくれた。窓から見える夜空には、思いがけず「うわ~」と声を上げてしまうほど明るく輝く満月が見えた。満月は願望達成の象徴! 満月に向かって手を合わせ、無事に2回目の手術を終えられたことに感謝する。

 翌8日目、退院日。午前中にCT検査と採血が入っていた。おそらく問題ないと思っていたが、何かあったら退院できないことを考えると、少し心配になる。

 朝食後しばらくして、看護師さんが採血に来られた。いつも明るい看護師さんが、少し申し訳なさそうに、「今日はちょっと多くて、8本採血します」とバクダン発言。「えぇ~っ、8本ですか!?」私も思わず声が上ずってしまった。小さなシリンダーとはいえ、一度に8本というのは初めて! これまでの入院中もほぼ毎日採血してきたので、「もう血がなくなっちゃいますけど…」と半分本気で言うと、「その位では血はなくならないので大丈夫です」と言いつつ、看護師さんも苦笑いしていた。入院中にさらに数キロ瘦せてガリガリな状態なのに、最後にまた血を大量に抜かれるとは。なぜ8本の採血が必要なのか、できればその理由を教えてほしかった。その後、CT検査や退院手続きのために一人で1Fまでエレベーターで往復したが、一歩一歩注意深く慎重に歩いていかないと貧血を起こしそうだった。

 検査の結果は問題なく、午後2時には予定通り退院できることになった。迎えには、仕事の調整がついた主人が来てくれた。荷物をまとめ、同室の皆さんに「いろいろとご迷惑をおかけしました。お世話になりました。」と挨拶。会話をすることはほとんどなかったが、皆さん「お大事に」と優しく送り出してくださった。コロナ禍でなければいろいろお話もできたのになぁ~と思いながら、病室を後にする。病棟のロビーで待っていた主人にいろいろと病院であったことを話したい衝動を押さえつつ、病院からタクシーで家に戻った。

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