第30話 退院まで①~入院生活

 退院までの3日間は、ベッドで過ごす時間がほとんどだった。退屈を紛らわせるために、ケータイのYOU TUBEを見て簡単なヨガをしたり、小説の朗読チャンネルや音楽を聞いたりして過ごしていた。前回の入院時は有線のイヤホンを使っていたが、今回はワイヤレスイヤホンも買って持って行った。YOU TUBEも、広告の入らないプレミアムの3か月無料体験を申し込んでいたので、聴いている途中で広告が入るストレスもなく、快適だった。

 ヨガは家でのルーティンと同じように、肩こり解消や簡単なストレッチを朝と夜にやるようにしていた。どこかのタイミングで看護師さんに見られたのか、A先生が来られた時に「スクワットはまだやらないでくださいね」と真面目な顔で釘を刺された。さすがに病院でスクワットはやらないでしょ!と内心思ったが、素直に「わかりました」と返事をしておいた。

 夜は眠くなるまで小説の朗読チャンネルを聴いて、眠くなったら睡眠導入音楽を聴くようにしていた。複視のせいで文字がちらついて読みづらいので、目を瞑って小説が聴けるのはありがたかった。

 病室には、私以外に3人の患者さんが入院されていた。私の隣の窓側のかたは内臓の手術をされたようで、トイレに行かれるとき以外はほとんど静かに寝ていらっしゃった。看護師さんに何度か痛み止めの薬を頼んでいたので、きっと傷の痛みと闘っていたのだろう。向かい側のかたは透析に来られた患者さんらしかったが、看護師さんと会話されるとき以外は声を聞くこともなかった。斜め向かいのかたは、どうやら抗がん剤?らしき治療で来られているようで、一番様子が大変そうだった。投薬なのか点滴なのかわからないが、治療が始まると苦しそうな嘔吐の様子がカーテン越しに聞こえてくる。加えて食事のあとは下痢が続くらしく、何度もトイレに通っておられた。私はトイレのすぐ横のベッドだったので、場所を替わってあげたかったがそうもいかず、ただ息をひそめて回復を祈るのみだった。コロナ禍でなければ、24時間カーテンで遮られ顔もわからない、という状況ではなかったかもしれない。家族の面会も禁止、会話できるのが唯一、担当の看護師さんが来られた時の数分程度。今どきの入院患者の皆さんは(自分もそうだが)孤独に病と闘っているんだな、と痛感する。夕食後のしーんと静まった病室で、何度か「少しおしゃべりしませんか?」とカーテン越しに話しかけたくなる衝動に駆られたが、迷惑かも?という迷いが出て、結局口を閉じてしまった。

 時間を持て余したついでに、前回の入院ではできなかったことに挑戦してみた。ひとつがコインランドリーでの洗濯である。シャワーを使ったあとのバスタオルなど、前回はベッド脇にハンガーをかけて乾かしていたが、生乾きな感じがしてイヤだったので、今回は病棟にあるコインランドリーを使ってみた。コインを入れる方式ではなく、病室内の冷蔵庫やTVにも使える専用カードを購入して使う。洗濯機約30分、乾燥機は60分設定で、合わせて300円ぐらいだった。洗濯したのはタオル類とパジャマぐらいだが、ふわふわに乾燥できるのがうれしくて、2日連続で利用してしまった。

 もうひとつのチャレンジが、売店での買い物である。コインランドリー用の洗剤がなかったので、洗濯洗剤の小分けパックを買いに、病院1Fのローソンへ出かけてみた。身体が少しふらつくのと視界が二重になるのが気になったが、ここは訓練と思ってゆっくり歩き、エレベーターに乗る。パジャマ代わりのスウェットでコンビニに行くのが病人っぽいな、と内心苦笑。ローソンに入って、まず洗剤を探してカゴに入れたあと、飲み物コーナーで鉄分の入った野菜ジュースとフルーツ入りのヨーグルトを買うことにした。おやつ禁止とは言われていないので、多分大丈夫のはず。ちょっと楽しみができて気持ちが上がる。

 翌日もローソンでプリンを買って食後のデザートに食べていたら、ちょうど看護師さんが薬を持って来られた。「あ、見つかっちゃった!」と大げさに言ったら、看護師さんも「次見つけたら、半分分けてもらいますからね~」と笑っていた。糖分と笑顔は心のオアシスである。

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