第24話 ICUの個室へ

 看護師さんに直訴してしばらくしてから、ICUにC先生が来てくださった。「どうされました?」と聞かれて正直に、機器音がうるさくてずっと寝られないこと、できれば病棟のベッドに戻りたいことを訴えた。C先生は困った様子で、「今から病棟へ戻ることはできないので、何とか朝までここでがんばれませんか?」という返事。ここでもしあきらめて受け入れてしまったら、ホントに気が狂ってしまう! 何とかC先生を説得しないと…。切羽詰まって、それまで我慢していた思いが口からあふれ出た。「朝までがんばろうとしましたが、もう限界なんです! アラームが鳴り始めると心臓がドキドキして、手の震えが止まりません!」必死で訴えているうちに、思わず涙がこぼれた。泣くようなキャラではないのだが、やはり相当気持ちが追いつめられていたんだと思う。そんな尋常でない様子を見て、C先生もようやく何とかしようと思ってくれたらしい。看護師さんに、「空いている部屋はないの? 〇〇室とか」と確認を取ってくれた。どうやらICUで使っていない個室へ移動することを検討してくれたらしい。よかった、助かった! これで地獄から抜け出せる。C先生に感謝(涙)。それからほどなくして、ICUのフロアの奥にある個室へとベッドを移動してもらうことができた。 

 個室には手前と奥の2つのスペースがあり、窓越しにICUの様子を見ることができた。ドアが二重になっているので聞こえる音は格段に小さくなったが、聴覚が過敏になっていたせいかドア越しに機器音が鳴っているのは聞き取れた。が、それまでの大部屋とは別世界の静けさがある。耳を澄ませると、水がちょろちょろと流れる音が聞こえていた。あとで看護師さんに聞いたところ、加湿器の水の音ということだった。看護師さんが個室を出ていかれたあと、水の流れる音を聞いているうちにウトウトしたらしい。不思議な夢を見た。

 個室の白い壁に映写機で写したような映像が流れていて、私はベッドからそれを眺めている。映像はどこかで見たことのある河原の景色で、子どもたち2人が釣りをしている。子どもたちというのは、小学生の頃の長女と長男である。子どもたちが小さかったころ奥多摩の釣り堀へ行ったことがあるが、そんな感じの風景だった。リアルな映像だなぁと思って見ているうちに意識が戻った。

 目が覚めると、ICUの大部屋の方から声が聞こえてきた。私の隣にいたおじさんが「何とかしろ!」「音を止めろ!」と怒鳴って、ガンガンとベッドを蹴っているようなのだ。個室からは遠いので直接見えないが、声は聞こえてくる。看護師さん達がなだめているようだったが、状況はどんどんエスカレートしているようなのだ。私だけ個室へ移動したことが、さらに隣のおじさんを追いつめてしまったんだろうか? 何とかおじさんも助けることはできないのか? 声を聞きながら、複雑な思いでいっぱいになった。

 悶々としているうちに看護師さん達の交替時間になった。交替した日勤の看護師さんが個室へあいさつに来られたので、「お隣にいた患者さんは大丈夫でしょうか?」と聞いたところ、「何か聞こえますか?」と逆に聞かれる。「声が聞こえてくるんですが…」と答えると、「声、聞こえます?」と不思議な顔をされ、そのままスルーされてしまった。え?どういうこと? 私にははっきり聞き取れるのに、看護師さんはわざと聞こえないふりをしているんだろうか? 不信感がむくむくと湧いてくる。その後もおじさんの暴れるような声や音が遠くから聞こえ続け、だんだんと不安な気持ちでいっぱいになっていった。(そのとき聴いていた声が幻聴だったのか、真実は未だに分からない。)

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