第23話 ICUの恐怖②

 耳栓をしてしばらくの間、なんとか寝ようと努力していると、にわかにICU内が騒然とし始めた。バタバタと看護師さんが通路を走る音が聞こえてくる。どうやら通路端の方にいる患者さんの容態が急変したらしい。そのうち廊下の奥の方で、「何をやってたんだ~!」という男性医師の怒声が聞こえてきた。一体何事かと耳をすませていたら、ドアがバターン!と閉められて、声が聞こえなくなった。うわ~、これは「実録ICU24時」だなと眠気も覚めて、成り行きを見守る、というか暗闇なので耳をそばだてる。しばらくして一人の看護師さんが泣きながらICU内に戻って来られたが、声をかけられる雰囲気ではなかった。状況を観察するに、どうやら奥の患者さんが亡くなられたらしい。それからすぐ、夜勤の看護師さん3名の交代があった。交代した看護師さん達は、引継ぎという説明で一から機器類のチェックを済ませると、何やらひそひそ声で会話をしている様子。不穏な空気の中、亡くなられた患者さんのご家族が到着したらしく、奥の方から悲痛な泣き声が聞こえてきた。ベッドの上でじっと息をひそめながら、ドラマのような現実に溜息をついていた。

 深夜を過ぎても神経が過敏になっていて、とても寝られるような心境ではなかった。鳴り止まない機器類の音がどんどん大きくなってくる。家では鎮痛剤が原因で嗅覚過敏になったが、ICUでは聴覚が研ぎ澄まされて、小さな音やひそひその話し声もすべて耳に入ってくる。点滴に入っていた鎮痛剤のせいかもしれないが、あとで考えると、ICUでのベッドの位置も関係していたかもしれない。ICU内の一番奥の壁際に私のベッドがあったのだが、その壁(たぶんコンクリート)に室内の音が反響してサラウンドスピーカーのように音が増幅していたのだ。何とか朝までがんばらなくては、と自分に言い聞かせていたが、時間の流れは遅々として進まず、徐々に心身の消耗が激しくなっていった。

 私の葛藤と同様に、隣のおじさんの様子も急変していった。最初のうちは看護師さんとの会話も普通で、ベッドから動いてはいけないと言われても、素直に聞き入れていた。それが、機器類の音でなかなか熟睡できず、寝ていてもすぐに点滴の交換やらチェックで起こされているうちに、段々とイライラが募っていく様子が会話から伝わってきた。私と同様、看護師さんに「うるさくて寝られないから、機械の電源を切ってくれ」と頼んでいたが、ダメだとわかると、ついにはアラーム音が始まると「うるさいっ!」と怒鳴って、ベッドの柵を蹴り始めてしまった。

 機械音に加えて隣のおじさんのイライラが始まり、次第に気持ちが追いつめられていった。ついには、ピコンピコンというアラーム音が鳴ると、手がぶるぶると震える症状が出始めた。時計がないので時間がはっきりわからないが、おそらく夜中の3時を過ぎていたと思う。朝までがんばろうと耐えてきたけど、あと数時間この状態が続いたら気が狂ってしまう! 看護師さんに頼んでもここからは出られない、どうしよう、何とかしないと…。ギリギリの心境まで追いつめられたとき、ICUに着いてすぐ、C先生が「何かあったら宿直でいるので連絡してください」と看護師さんに伝えていたことを思い出した。最後の望みを託してナースコールをすると、「C先生を呼んでください! C先生に直接交渉します!」と看護師さんにお願いした。最初は驚いて躊躇していた看護師さんも、私の切羽詰まった様子と断固とした口調に押されてか、C先生に連絡を入れることを承諾してくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る