第12話 1回目の手術当日~手術後

 麻酔から覚めたとき、すでに手術は終わり片付けが始まっていた。うっすら目を開けると、A先生らしき人がもう一人の女性のスタッフと頭上で話をしていた。どうやら酸素の管を抜く準備をしているらしい。会話を聞いていると、女性スタッフさんがA先生に処置の仕方を説明している様子。まず先に口から細い管が入れられ、のどの奥に溜まった唾液の吸引が始まった。この管が細いうえに固いものらしく、口の中へ突っ込まれるたびに舌や喉に突き刺さりそうになって痛い。(実際あとで見たら内出血していた!)そのうちまた息苦しくなってきたので、勝手に顔を少し傾け、ゴボゴボと唾液を口から吐き出してしまった。二度ほど吐き出すと、女性スタッフさんに「大丈夫、上手ですよ~。唾液が出たので管を抜きますね」と言われ、ようやく酸素の管から解放された。

 意識がはっきりしてくると共に、再びあのザーザーという耳鳴りが聞こえ始めた。今回、耳鳴りは軽減することはあっても治るわけではないと言われていたのだが、少しがっかりする。病室に戻る前に、C先生(声で推定)が意識チェックに来られ、「少し時間がかかりましたけど、手術は上手くいきましたので」と声をかけてくださった。

 術後はICU(集中治療室)に行くと聞いていたが、予定が変わったらしく、ストレッチャーで元いた病室へ戻った。手術室からの移動中、付き添ってくれた担当の看護師さんとA先生の会話が聞こえてきた。どうやら看護師さんがA先生の連絡漏れ(?)についてクレームを入れている様子。手術前のバタバタは、連絡の不徹底が原因だったらしい。その件で上司から注意されたのか看護師さんも機嫌が悪く、A先生は苦笑い(声から想像)で謝っていた。それにしても、患者(私のこと)は意識が戻って話も聞いているのに、全くノーマーク。というか、私にも謝ってほしかったな、できればですが。

 病室では、また一定時間足を動かさないように念を押され、じっと耐える時間が始まった。手術の時から寝た姿勢をとり続けているので、どうしても背中が痛くなってくる。足は固定したまま、わずかに背中を右や左にずらしてみるのだが、すぐに耐えられなくなってしまう。これがいわゆる「床ずれ」ってやつなのか?ふだん何気なくしている寝返りのありがたさを痛感する。背中の痛みに耐えながらも少しウトウトしていると、1~2時間おきにブーッというそこそこ大きなブザー音とともに自動で血圧測定が始まり、否応なく起こされることに。これは朝まで寝られそうもないな、とため息が出た。

 もう一つ、入院して初めて気づかされたことがある。それは「唾液」のありがたさである。術後病室に戻ってから、あまりにも口の中がベタベタするので看護師さんに相談したところ、食事を抜くと唾液が出ないので、自然と口内に雑菌が繁殖してベタベタしてくるということだった。ベッドに寝たまま何度か口をすすがせてもらったが、すすいでもすぐにベタベタしてくるので閉口した。唾液が雑菌の繁殖を抑えているなんてこと、それまで考えたこともなかったが、本当に人間の身体のシステムはよくできているなぁとあらためて感心する。

 動けないベッドの上で、落ち込んだ気分を何かと支えてくれたのは、夜勤のベテラン看護師さんだった。日勤の若い看護師さんに「背中が痛くて…」とぼやいたときは、「足は絶対に動かさないようにお願いします」と注意されただけだったが、夜勤の看護師さんは「背中にタオルを挟んでみましょうか?」と提案してくれて、痛いところも手でさすってくれた。さすがベテラン!その気配りが患者の心を救うのだ!と身をもって体感する。

 コロナ禍で家族との面会もなく、カーテンで仕切られ孤立した病室の中で、患者が唯一コミュニケーションを取ることができるのが担当看護師さんなのである。が、看護師さんも仕事が分刻みで続く上に、ナースコールが鳴るたびにあちこち駆けつけなくてはならない。コロナ禍で看護師さんも足りていない中、一人ひとりの患者にさける時間はほんのわずかしかないのだが、その時間でどこまで患者に寄り添ってくれるかは看護師さんの力量にかかっているのである。術後ということで頻繁に様子を見に来てくださり、笑顔で声をかけてくださったベテラン看護師さんのおかげで、長い夜を乗り切ることができた。心から感謝である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る