第10話 入院初日

 入院の日は、また息子が荷物を持って病院まで送ってくれた。10時に入院受付で前回同様の手続きを済ませる。今回は検査入院のときと病棟のフロアが変わり、対応してくれた看護師さんも初めて見る方だった。フロアごとに担当の看護師さんは変わるらしい。

 病室に行くと、今回は窓側のベッドに案内された。他の患者さんは席を外されているようだったが、私のあとにもう一人入院されて、4人部屋が満床になった。カーテンでそれぞれのベッドスペースが仕切られているので、入院中はたとえ同室の患者さんでもめったなことでは顔を合わせない。看護師さんや担当の先生と会話している声を聞いて、イメージを想像するだけである。

 前回の検査入院で病室内のレイアウトは承知済みなので、看護師さんが来る前に持ってきた荷物をロッカーや引き出しに片づける。1週間近い入院と聞いていたので、今回はケータイの電源コードやイヤホンなども持ってきた。ケータイで音楽を聴いたりYou Tubeを見るとき、音が出せないきまりなので、イヤホンは必須である。

 しばらくすると、看護師さんが入院生活の予定を記載した診療計画書という書類を持って説明に来てくれた。手術は明日の午後からの予定で、今日の夕飯までは普通に飲食できるが、明日の朝食と昼食はなし。術後は病室に戻らずICU(集中治療室)に一晩入る予定になっているので、そちらに持っていく荷物をリストを見ながらまとめておいてください、と言われる。ICUって、TVドラマでしか聞いたことないあのICUですか?と内心びっくりしたが、言われるままにリストを受け取る。夕方から点滴を始める予定なので、それまでにシャワー室でVゾーンの剃毛を済ませるようにとも。そちらは前回の経験からすでに家で処理済みだったので、今回はあたふたすることなく「家で処理してきました」と伝えることができた。看護師さんの他には薬剤師さんが来られ、今飲んでいる薬について確認すると、家から持ってきた薬を回収して行かれた。入院中は看護師さんが薬の管理をしてくれるらしい。

 昼食後しばらくしてからCT検査と採血があった。CT検査へはひとりで行って戻ってきた。MRIに比べると、CTはあっという間である。採血は点滴の反対側になる右手でしてもらった。病院に来ると毎日のように採血があるので、注射が苦手な私はいつも平静を装いつつ、肩に力が入ってしまう。終わったあと、採血された血液を見て少しクラクラしてしまった。

 ICU用の荷物をまとめたりシャワー室に行ったりと、バタバタしているうちに時間が過ぎた。夕方、若い看護師さんが「点滴用の針を入れますね~」と病室に来られた。左手を伸ばして準備する。点滴用の針は長いのであまり見ないように目をそらしていると、血管を確認するのに少し手間取っている様子。大丈夫かな~?と思っていると、ようやく「チクッとしますよ~」と看護師さん。目をつむって耐えていると「すみません!いったん抜きますね」と、ちょっと慌てた様子で看護師さんが針を抜いた。どうやら1回目は失敗だったらしい。「すみません、もう1回やりますね」と言われ、なんとなーく嫌な予感はしたものの顔には出さず、「はーい」と返事をする。2回目も針を入れる場所に少し迷っている様子だったが、しばらくして再び「チクッとしますよ~」の声。今度は大丈夫かなと思った直後、「すみません、いったん抜きます!」と看護師さん。目を開けて針が抜かれるところを見たら急に血の気が引いてしまった。「すみません、貧血が・・・」と伝えると、若い看護師さんは申し訳なさそうな様子で「横になって休んでください!点滴は夜勤のスタッフに頼んでおきますので!」と言いおいて、バタバタと器具を片付けると風のように去って行ってしまった。

 明日は朝から食事抜きと言われていたので、昼食に続き、夕食も残さず平らげた。メニューは野菜中心の和食だったと思う。よく病院の食事は薄味で美味しくないと言う人がいるが、薄味でも野菜本来の味が出ていて十分美味しかった。この日の夕食だったかどうかは忘れたが、入院中の食事に何度かカットオレンジが出た。このオレンジが甘さといいジューシーさといい抜群に美味しくて感動。退院後にスーパーでついオレンジを買ってしまったが、全く別物でがっかりした。あの絶品オレンジの入手先を教えてほしいと今でも思う。

 夕食の後、夜勤の看護師さんが来られて、再び点滴の針を入れることになった。昼の看護師さんよりは経験がありそうなので少し安心する。引継ぎがあったらしく、「貧血は大丈夫ですか?何度もすみません」と恐縮されている。同じ左側の手首で3回目のチャレンジ。今度は大丈夫だろうと思っていると、「すみません、針抜きますね~」の声。今度もダメだったらしい。点滴の針を入れるのはかなり難しいのだろうか?やれやれ、次で4回目か~と思っていると、「すみませんでした。10時ごろベテランのスタッフが来ますので、その人にやってもらいますね!その人なら確実なので」と看護師さん。次は失敗できないと考えて判断されたらしい。実際、10時過ぎに来られたベテラン看護師さんは、さすが頼られるだけあって、針を刺すのも迷いなくあっという間だった。経験の力はすごい! 最初からベテランの人にお願いしたかったな、そう心の中でつぶやいたのだった。

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