第98話 薫子の初恋

 お茶会から帰ってドレス姿の薫子は父と母からすごく可愛い!と褒められた。

 それを嬉しく思う自分も意外だった。


 蒼のことは手のかかる弟みたいに思っていたけれど、蒼からも「薫子、すごく可愛いやん。」と褒められてドキドキした。


 薫子の初恋はあの美しい男の子陽電子であったが、人間相手の初恋は蒼と言ってもいいのかもしれない。


 本棚から一冊の古い本を取り出す。

 小学校2年生の時の誕生日プレゼント交換で蒼から貰ったものだ。(注、薫子と蒼は同じ誕生日である。)


 蒼はお父さんに憧れて軍人になりたいと言ってたから、薫子は木製拳銃をプレゼントした、輪ゴムをかけて6連発できるものだ。


 蒼はずいぶんと迷った末、古書店の店頭で見つけた薫子の好きそうな本をプレゼントした。

 もちろんタイトルも内容もからっきし理解してなかったが。


 それがこの「ゲージ場の量子論2」である。


 古書でもそれなりに値のはるもので、小学校2年生の蒼にしては頑張ったと思う。


 薫子にとっては一般の小学生の童話の物語と同じであった。


 中に綴られているゲージ理論


 深く理解しているものから見れば、それは一人のお姫様光子と3人の王子ウィークポゾン、そして8人の取り巻き貴族グルーオンが織りなす壮大なストーリーであり、薫子は自在に物語を創造するストーリーテラーであった。


 素粒子は薫子にとって最も重要な登場人物であり、それは小説家が次々と生み出すネタの元になるものとほぼ同義であった。


 本を手に取り頭の中で新たなストーリーを練り上げているとある悪役令嬢とそのバックにいる魔王の存在が思い浮かんだ。

 ダークマターとダークエネルギーである。


 この身の回りにも宇宙にも理論上満ち溢れており、現有物質である水素やヘリウムなどの占める割合は計算上4%にすぎず、残りはダークマターとダークエネルギーであると言われている。

 

 薫子の初恋の反物質、美しい男の子陽電子くんは今ではガン検診などでPET検査として普通に働いていた。

 雷の精霊様から「生まれてきてはいけなかった奴」と言われた彼がもう普通に働いて何十万人もの命を救っているのである。


 ダークマターもマターである以上、普通に反ダークマターを作れるのではないかしら。

 悪役令嬢ダークマターをギャフンと言わせて、ダークエネルギーも奪い取ってやったら面白いわね。


 9歳の薫子はふとそんな考えが頭をよぎり、クスリと笑った。

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