第97話 川嵜陽葵のお茶会

 「薫子ちゃん、最近元気ないね。」


 陽葵は少し人見知りなところもあり、自分から他人に話しかけることはほとんどない。

 別に人嫌いとまではいかないけど、ほとんどは向こうから声をかけてくれるからだ。

 特に薫子についてはほぼ例外なく。


 薫子の綺麗な銀髪は艶が少なくなり、いつもの楽しそうな雰囲気や快活さは姿を消していた。

 「いろいろ考えすぎて疲れちゃったかも。」


 薫子の強みであるはずのゼロ・ポイントフィールドからの情報も最近は波が荒く、量も多い、薫子の脳にかなりの負担をかけていた。


 「薫子ちゃん、久しぶりにお茶会しましょ、おじいさまが美味しいお菓子をイギリスから送ってくださったの。」


 「蒼くんも誘いましょ。」


 蒼は強制参加である。


 陽葵のリムジンが到着し、三人を迎え入れる。

 

 リムジンの中で薫子はうっかり寝落ちしてしまい、蒼の肩に寄りかかる。

 本当に疲れているんだな。


 9歳の薫子はいったいどれだけのものを背負っているんだ。


 蒼は何か巨大で得体の知れないモノの闇を感じて少し背筋が冷たくなった。

 もしかしたら蒼もゼロ・ポイントフィールドの一端に触れたのかも知れない。


 「さあ着きましたわよ。」


 「薫子.薫子、もう着いたよ。」


 薫子は目をこすりながら身体を起こす。


 「まあ、薫子ちゃん顔が真っ黒ですわよ。」


 「先に温泉行きましょ」


 陽葵の屋敷には海が見える大きな温泉の浴場が併設されている。


 お茶会の前に薫子を綺麗に洗うことにきまった。


 もちろん蒼も強制参加なのは言うまでもない。


 浴場に行くとメイドが手際良く陽葵や薫子の服を脱がせてクリーニングに回す。

 蒼も抵抗する間もなく服と下着を剥ぎ取られる。


 親同士も仲良く兄妹同然で育った幼馴染はしょっちゅう一緒にお風呂に入っていた薫子と蒼は全く抵抗はなかったが、初めて一緒に入浴する陽葵には少しばかりドギマギする蒼であった。


 「薫子ちゃん、髪すごく綺麗、洗ってあげる。」

 クォーターで絹のような銀髪、エメラルドグリーンの瞳、雪のように白い肌の薫子は陽葵から見ても、本当にお人形のようであった。

 陽葵にとってまるで美しい宝石を見るようなものであった。

 「可愛い。」


 陽葵はシャンプーを泡立てて丁寧に薫子の頭皮から髪を洗っていく。

 薫子は気持ちいいのか、半分寝ているように目を閉じている。


 蒼はなぜか身の置き場がなく、適当に身体を洗い、頭を洗って先に湯船に浸かる。

 明石海峡大橋や行き交う船がよく見える。

 

 しばらくして髪と身体を洗った陽葵と薫子が湯船に入ってきた。


 「いい景色ね。」


 薫子がずいぶん久しぶりに言葉を発した。


 蒼と陽葵は顔を見合わせて心配そうな表情を浮かべる。


 「また3人でどこかに遊びに行こうよ。」


 蒼が声を発した。


 小学生になった頃は陽葵はインドア派で渋っていたのだが、薫子の勢いに引っ張られて本当にあちこちに遊びに出かけていた。


 でもずいぶん昔の話のようにも感じた。


 「うちのじいちゃんの船に乗せてもらってタコ釣りとか、後でタコメシ炊いたら美味しいよ。」


 卒園前のタコゲームでは薫子は本当に弾けて楽しそうにしていた。



 でも今日は反応はなかった。


 「とりあえず温泉上がったら予定通りお茶会しましょ。」


 陽葵が先に湯船から上がる、メイドが手際良く身体を拭き髪をドライヤーで乾かし下着とドレスを着せていく。


 「薫子ちゃん、よかったら私のお洋服でよかったら用意してるから着て。」


 メイドは次に薫子の身体を拭き、ドライヤーで髪を乾かし、手際良くドレスを着せていく。


 蒼はメイドの手伝いを断り、着てきた服を着た。


 快活な薫子はいつも動きやすいシンプルな服装なのだが、陽葵のドレスを着て、髪を結った姿は童話に出てくる本物のお姫様のようであった。

 少し元気のないところがお淑やかにも見え、普段の「美しく粗暴な薫子」とはまるで違った雰囲気であった。


 「薫子、可愛いやん。」


 蒼はついいつもは言わないセリフを喋ってしまった。


 薫子は少し赤くなったようにも見えた。


 「さあ、お茶会にしましょ。」



 テーブルには最近店頭から姿を消したクッキーやフィナンシェ、バウムクーヘンなどが、並んでいた。

 小麦粉や卵の価格が暴騰しているため、フィナンシェ一つの価格は一個3000円を超えている。

 テーブルの上だけで数十万円はする高級品の見本市のようになっていた。


 薫子は何年かぶりに見るチュロッキーを口にした。

 「美味しい。」

 久しぶりに薫子の顔に喜色が滲んだ。



 

 

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