第89話 陽電子

 薫子は幼い頃からゼロ・ポイントフィールドを介した世界、自然界のあらゆる素粒子と仲良しであった。

 ファンタジー小説家あたりであればそれを「精霊」とでも表現するのだろう。

 「ねえ、あなたの名前はなんていうの?」

 薫子にとって身の回りを漂う全ての素粒子は友であり、先生であり、恋人であり、可愛い弟や妹であった。


 その中に一人だけ仲間はずれにされている美しい男の子がいた。


 その男の子と瓜二つな女の子、ここでは電子ちゃんと呼ぶことにしましょう。


 電子ちゃんは周りのお友達精霊と仲良く遊ぶのですが、その男の子が近寄ろうとしてもみんな逃げてしまうのです。


 「ねえ、電子ちゃん、あの男の子と仲良くしてあげないの?」


 「私は仲良くしたいのだけど、雷の精霊様から彼に近寄ってはダメと言われてるの。」


 薫子は雷の精霊様のところに言って聞きました。


 「雷の精霊さま、どうしてあの男の子をのけもの扱いするの?かわいそう。」


 「きゃつは本来この世に生まれてきてはいけないのだよ、いや、本来は電子と同じだけ生まれたのじゃが、現世界は「対称性の破れ」で間違って電子だけが多く生き残ってしまったんじゃ、この世界で彼奴きゃつは危険なんじゃよ。」


 そういうと雷の精霊はゴロゴロと本来のお仕事に戻って行った。


 その時、男の子陽電子が我慢しきれなくなって電子ちゃんの手を握ってしまった。



 窒素の光核反応から生じた13N窒素同位体から生まれ出た男の子陽電子、電子ちゃんに触れた瞬間凄まじいエネルギーを放出して対消滅反応を起こす、そして莫大なガンマ線(0.511M eV)を放出したのである。


 男の子も電子ちゃんもこの世から完全に消滅してしまった、、、

 

 幼い薫子はこの事件が、ちょっとしたトラウマになってしまっていた。

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