お庭
俺と咲花は、どうしようもなく、真衣の家の車に乗り込んだ。
黒塗りの、巨大な車だった。
「ご自宅でよろしいでしょうか。お嬢様」
「ええ、お願いします」
日向家は、莫大な資産を持つ、ありていに言えば金持ちだ――東京に、縁があってもおかしくはない。
東京の深夜の街並みを、走る。
二十分ほどで到着した、高級住宅街。
大きな家に、日向と表札が掲げられていた。
……逃げられる、気も、しなかった。
どうせいま逃げても――無駄だ。
車を降り、家のなかに入る。
「狭い家でごめんねー。東京に来るときにね、どこかに住まなきゃってことで、おじいちゃんからお家をもらったんだけど。私ひとりしか暮らしてないから、このくらいの大きさで充分かなって」
「いやいや、この家めっちゃ大きいからね」
そんなことないですよお、先輩、と真衣は言うが――三階建てで、広々とした一軒家。……普通に広い家であるのは、間違いなかった。
俺と、咲花は。どうしようもなく。……どうしようもなく。
屠殺場に引っ張っていかれる家畜のように――真衣と沙綾の後ろを、ついていく。
真衣は、一階を歩いていく。
廊下、広いリビング……。
「狭いけど、この家がいいなって思った、決め手はね……」
リビングの、広々とした窓の前に立って。
真衣が、片手を広げて示したのは。
「じゃーん!」
……庭だった。
小さな児童遊園程度には、広さのある庭。
芝生が生え。生垣で囲われ、外からは覗き込めないようになっている。
「このお庭で、いっぱい遊べるなって思ったの! で、東京では誰で遊ぼうかなあって考えてたときに……咲花ちゃんも東京にいるって、知ったから!」
「恭までいるとは意外だったけどね」
「……ど、どうやって、わた、……わたしたちのこと」
真衣が愉悦感たっぷりに、話した内容によれば。
俺たちの通う大学に咲花がいると知った真衣は、本日。人を雇って、大学から俺たちを尾けさせていたらしい。
場所がわかったので、雇った人間に報酬を渡して、俺たちの前に現れたのだという。
簡単すぎて、やりがい、なかったよと、真衣は意地悪く笑った。
「恭くんなんか、さらわれたことあるのに。不用心なんだね。学習しないんだね。そういうところも、恭くんらしいけど。……くすくす!」
……人まで雇って。
追ってくるほうが、おかしいだろうがよ。
普通、そこまでされてるなんて、思わない、だろうがよ、俺が、……俺がいけないのか?
「まあまあ、真衣。再会を祝してさ。まずは、ぱーっとやろうよ」
「そうですね! じゃあ恭くん、とりあえず服脱いで――」
「って、言いたいところなんだけどさ、ちょっと待って真衣」
沙綾は――咲花に、視線を向けた。
「それ、チョーカー? ……似合ってんじゃん。首輪みたいで」
「……あ、ありがとう、ございます」
「褒めてねえよ。それ。どうしたの?」
「恭くんが、くれ、ました」
「ふうん。うちらの知り合いでさ……そういうプレイが好きなやつって。チョーカーしてる割合、高いんだよね。もちろんチョーカーしてるやつ全員じゃないけど」
どんな知り合いだよ、と思ったが、……時雨たちの知り合いだと考えれば、お察しだ。
「もしかして咲花、そういう趣味があったの?」
「……え、あの、え」
「正直に言わないと、怒るよ?」
咲花は、おそるおそる――俺のほうを、うかがった。
俺は。うなずくことも。首を横に振ることも。できない。
飼い主らしく――指示を出すことさえ、してやれない。
機械のように、ぎこちなく。
咲花は、顔を、沙綾たちのほうに向け直した。
「……わたし、いま、いぬ、です」
「犬?」
えっ、うそ、あはははははははは、と。
真衣と沙綾が、大笑いした。
「どういうことお? ぜーんぶ聞かせてくれるよね、咲花ちゃん――」
咲花は、正座させられて。……俺は放っておかれて、その場に、馬鹿みたいに立ったままで。
咲花は。俺と、ペットプレイをしていることを。……話した。
仕方ない。……仕方がない。
俺だって。こいつらに、言えと言われたら、……言ってしまう。
逆らえない――わかってるよ。
わかっているからこそ、くやしくて、くやしくて、……やっぱり馬鹿みたいに、涙があふれた。
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