【KAC20234】こんな時にタコの話?
リュウ
第1話 【20234】こんな時にタコの話?
”何処に居るの?”彼からのライン。
”タコ公園”
”ずぐ行く”
会社帰りにたまたま見上げた空に、きれいな月が見えた。
雲が邪魔して、見えなくなると心配していたけど、明日の朝まで快晴らしい。
彼にラインを入れてみたけど、”今日は、用事があるんだ”って言ってた。
”女?”って入れたら、直ぐに”ちがう”って返って来た。
それから、なんとなく気分が晴れなかった。
いつものように、お気に入りのドラマを見て、寝ようかと思ったけど眠くなかった。
そういえば、月が出てたなと思って散歩に出かけた。
時計は、零時を回って新しい今日になっていた。
そして、タコ公園に来ている。
タコの遊具とタコの水栓柱があるので、”タコ公園”と勝手に呼んでいた。
もちろん、正式な名前は別にある。
三十センチ角の石が等間隔に並べられて道路と公園を仕切っていた。
許されるならキャッチボールが出来そうな広さで、ブランコや砂場やシーソーと中央にどの公園でも見かける木造の屋根がありベンチ付きの東屋があった。
子供たちの走り回る姿や声、その子供を心配そうに後を追いかける親の姿は、過去になってしまい、静けさが公園を覆っていた。
街頭は、使っていない遊具をじっと照らしている。誰もために照らしているのか?
私が、居なくなってもきっと照らし続けるのだろう。
トイレも明りがついているが、比較的新しく綺麗なので、怖い感じはしない。
時間が止まっている様だ。
私は、明りの当たらない所から、暫く公園を見つめる。
車も犬を散歩させている人もいない。
奇声を上げてつるんで歩きまわる若者もいない。
私は、ゆっくりとブランコを揺らし、子どもの頃の感覚を確かめた。
最後は、やはり滑り台付きのタコの遊具の上に座った。
少しお尻が冷たい。
月を見上げる。
ニュースで花粉が飛んでいるので、月の周りがオレンジかかると言っていた。
真ん丸の月が、周りを照らす。
呼ばれたような気がして公園を見回す。
彼が舗装されて曲がりくねった通路を歩いてる。
そして、私の横に座って、「はい」と暖かい缶コーヒーを差し出した。
「ありがと、優しいのね」と言うと「当たり前じゃん」と彼が返した。
「寒いね」と言って私の横にピッタリとくっ付くと腰に手を回し、自分に方へ引き寄せた。
「散歩する時は、ちゃんと教えて。心配だからさ」
「これから、そうする」と答えておいた。
彼は、私の視線を追って、空を見あげた。
「満月だね」私は、うんと頷いた。
「満月って、不思議なパワーがあるんだって。”まんげつのよるに”っていう絵本知ってる?月が散歩して森のある家を覗きこむんだ。
それが、タコの家でさ」
「タコ?」
彼の鈍感な所も好きなんだけど、この人は、なぜ、こんな時にタコの話をするんだろうと思った。
「そう、この絵本では、森にタコが居るんだ。満月だと気づいたタコさんが、煮豆を持って森の中を散歩に行く話。月の光が煮豆を甘くしてくれるらしいんだ」
「楽しそうね」
「絵がとても独特で、小さいとき親に読んでもらった」
「しあわせな時ね」
「しあわせになりたいね」と言って、彼は、私の目を見つめ、また月に目を移した。
「月が綺麗だね」
この言葉は……。私は、ずーっとこの言葉が聞きたかったかもしれない。
うれしさが、身体の奥から沸き起こって溢れ出しそう。
この男は、この言葉の意味を知っているのだろうかと少し不安だった。
「ずっと前から月は綺麗なの」
私は彼を見つめた。彼も私を見つめていた。
すると、彼はゴソゴソとポケットをまさぐる。
「これ」と言ってベルベットのリングケースを取り出した。
「えっ、開けていい?」
「もちろん」と彼は笑った。
私は、ケースを開けそっと指輪をつりだした。
そして、指輪を月に掲げた。
開けると、指輪が月の光でキラキラとしている。
「僕と君の子どもに、絵本を読んであげたいんだ」
彼は、あの言葉の意味を知っていたんだと安心した。
私は、泣きながら笑っていた。
【KAC20234】こんな時にタコの話? リュウ @ryu_labo
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