瓜五つの俺たち

ポテトギア

瓜五つの俺たち

 世の中には自分に似ている人が三人いる、とは誰もが聞いた事のある俗説だろう。俺も話のネタとしては知っていたんだが、まさか本当に自分と瓜二つの人間と出会うとは思ってもみなかった。


「あの……俺に何か?」


 理由もなくふらふらと散歩していた夜道にて、俺はそっくりさんと出会った。いや、そんな簡単に受け入れていいものだろうか。服装も体格も、右手にある火傷の痕や外にはねた癖毛ですらもそっくりな男は、狭い路地の真ん中で俺に立ちふさがっていた。

 何故『立っていた』ではなく『立ちふさがってた』と感じたかというと、そっくりさんは異様な雰囲気を纏いながら、俺の目をジッと見つめていたから。


「単刀直入に言う。俺はお前を殺しに来た」

「は?」


 とんでもない事を言って来たよこのそっくりさん。しかも声すら俺とそっくりってどういう事だ……?

 どうやら殺害予告は口だけじゃないようで、俺そっくりの右手には月明かりと街灯の光を反射する銀色の刃―――包丁が握られていた。


「噓だろ通り魔……!?こんな夜中に出歩くんじゃなかった!」

「おいおい、通り魔とは悲しいな。誰でもいいんじゃない、俺はお前だけを狙ってるんだぜ?」


 俺そっくりの顔で、しかし俺がした事も無いような残酷な笑みを浮かべて、彼は包丁の切っ先を俺へ向けた。薄暗い夜道に俺と彼以外の人はいない。堂々と包丁を晒していても、騒ぎにすらならない。


「ドッペルゲンガーって知ってるか?」

「あぁ……?知ってはいるよ。見たら死ぬっていう、幽霊みたいなヤツだろ?」

「その通り。そして、俺がそうだ」


 気付けば目の前まで踏み込んで来ていた。俺は逃げようと動かした足が絡まって尻餅をついてしまったが、それが幸いした。さっきまで俺がいた位置を、横なぎに振るわれた彼の包丁が斬り割いた。


「ちっ、外したか」

「ななな、何しやがんだお前!!」

「言ったろ。俺はお前のドッペルゲンガーだ。お前を殺して、俺が成り代わる!」


 酷薄な笑みで俺を見下ろし、彼は包丁を振り下ろす。俺は地面に倒れたまま転がり、間一髪で避けた。


 ドッペルゲンガーだって……?信じられないが、異様なほど俺にそっくりなのも、そう言われれば納得できる。けど、そんな物が実在するのか……?


「さあ、大人しく殺されな。今日から俺がお前だ」

「させねぇよ!!」


 突如、俺の背後から何かが飛来した。それは俺を通り越してドッペルゲンガーへと迫るが、彼は異常な反応速度で弾丸にも匹敵する速度の飛翔物を包丁で弾いた。俺そっくりの姿なだけに、一瞬だけ「俺スゲー」と感心してしまった。アレは俺じゃないというのに。


 軽い音を立てて飛翔物が地面に落ちる。キラキラと光を反射するそれは、手のひらほどの面積がある鏡の破片だった。先端が鋭く尖っており、刺さると痛そうだ。

 俺は鏡の破片が飛んで来た俺の背後を振り返る。そこには、またもや俺のそっくりさんが立っていた。


「よう。危なかったな」

「何だ何だ!?ドッペルゲンガーって二匹いんの!?」

「ちげぇよ。俺はドッペルゲンガーなんかじゃねぇ。鏡の世界のお前だ」

「えぇ……?」


 また知らないのが増えた。鏡の世界ってナニ。


「クソ、来やがったか。俺の邪魔すんじゃねぇよ鏡野郎」

「そうはいかねぇなあコピー野郎。この世界の俺が消えたら鏡の世界の俺も消える。だから、お前にこの世界の俺は殺させないぜ」


 ドッペルゲンガーと対峙する鏡の世界の俺をよく見てみると、右手にあるはずの火傷の後や癖毛の位置が左右反転していた。これも鏡の世界の人間だからって事か。


「よく分かんねぇけど、お前は俺の味方なのか……?」

「ああ。後ろに隠れてろ。あいつは俺が片付ける」


 こいつもこいつで俺の声そっくりだが、幾分か俺自身よりも頼もしく思えて来た。とりあえず助けてくれたっぽい鏡の俺に隠れる。


 鏡の俺が手を掲げると、虚空から先ほど飛んで来たような鏡の破片が次々と出現した。


「鏡の世界の人間は鏡を操る事ができる。対してお前は、ただの人間である『この世界の俺』をコピーしただけの存在。俺には勝てねぇぜ」


 言葉と共に放たれる鏡の破片。凄まじい速度だったが、しかしまたもやドッペルゲンガーは包丁で弾き飛ばす。


「どうだかな?見てくれは人間だが中身は怪物だぜ?動体視力だって貧弱なオリジナルとはケタ違いだ」

「誰が貧弱だコラ!」

「それに、俺はこの世界の俺を再コピーすれば傷も治る。正面戦闘じゃ俺に分があるんだよ!」


 包丁を構えたドッペルゲンガーが迫って来た。鏡の俺は破片を飛ばして応戦するが、ドッペルゲンガーの言葉通り、破片が突き刺さって出来た傷が一瞬で修復されていた。


「二人まとめて死ねぇ!!」


 ドッペルゲンガーは人間じゃない。身体能力も俺とは比べ物にならないほど高く、瞬きする間に目の前へと肉薄した。避けられない―――!!


「……ッ!?」


 包丁を振りかざしたドッペルゲンガーは、急に動きを止め、後ろに跳んだ。その直後、眼前に稲妻がほとばしった。


「二〇二三年……無事にたどり着いたな」


 落ち着きのあるその声に、俺たち全員が声のする方向を向いた。そこで俺は嫌な予感がした。その声が、妙に聞き覚えのある声だったからだ。


 そこに立っていたのは、見た事も無いような銃を片手で構えるスーツ姿の男性。スーツや銃には発光する青いラインが走っており、近未来的な出で立ちだった。


 そして、俺の予感は当たっていた。ドッペルゲンガーや鏡の俺とは違って少し年をとってはいるものの、その顔が俺そっくりだった。そう、また『俺』が増えたのだ。そっくりさんは自分含めて三人って話じゃなかったっけ??


「まさか、お前」

「ああ。一七年後……二〇四〇年から来た、未来のお前だ」


 今よりも少しだけ大人びた笑みを浮かべる、三四歳の俺。自分で言うとナルシストめいた発言に思えるが、アラサーの俺、ちょっとカッコイイじゃん。

 ってか未来の俺、何で銃持ってんの……?


「一七年前、俺は未来の俺に助けられた。だから今度は俺の番だ。そのためにタイムマシンだって開発したからな。もちろん、次はお前の番だ」

「マジっすか……」


 物凄くあっさりと重要な使命を負わされてしまった。俺は一七年以内にタイムマシンを開発して、俺に化けたドッペルゲンガーに襲われる過去の俺を鏡の俺と共に助けなければならない、と……ややこしい!どんだけ『俺』が出て来るんだよ!!


「という訳だ。これで二対一だな」


 電撃を放てるらしき銃を構え、鏡の俺と並んでドッペルゲンガーを睨む未来の俺。あれだけ威勢の良かったドッペルゲンガーも、さすがにたじろいでいた。

 その正体こそファンタジーマシマシだが、見た目だけで言えばここには俺しかいない。俺&俺VS俺。そして後ろで観戦する俺。もう訳わっかんねぇよ。


「なかなかに苦しい状況じゃないか、ドッペルゲンガー」


 しかし、またしても状況は激変する。どうやら現実は、ショート寸前の俺の頭を労わってはくれないようだ。

 ドッペルゲンガーの背後の空間がバキバキと音を立ててひび割れていき、広がった裂け目から人が表れた。もう言わずもがな、だ。俺のそっくりさんである。


「何だお前は。お前も俺の敵だってんならぶっ殺す事になるが」

「いいや、俺はお前の味方だ。俺もこの世界線の俺には消えてほしくてね」


 空間の裂け目から降り立った男性は、本物の俺や俺をコピーしたドッペルゲンガーと見分けがつかないほどそっくり。鏡の俺と違って左右反転も見られないし、未来の俺みたいに成長してもいない。


「まだ増えるの……!?今度はどちらさま!?」

「初めましてだな、社会科の選択授業で地理を選んだ世界線の俺。俺は歴史を選んだ世界線のお前。つまりは、平行世界のお前だ」

「クソしょうもねぇパラレルワールドがあったもんだなオイ!」


 人が取った選択によって分岐した世界。知識としてだけ知っている『平行世界』という概念。ドッペルゲンガーに鏡の世界にタイムトラベルと来たらさすがに信じざるを得ないが、分岐した理由がとてもくだらない。そんなIFは別に無くていいだろ。


「近しい平行世界の自分を消せば、その世界線で得た記憶は手を下した俺へと引き継がれる。お前は知らんだろうけどな」

「知る訳ねぇだろ」

「まあ要するに、お前を殺す事で、俺は習ってもいない授業の内容を記憶する事ができるという訳だ!俺の成績の為に死んでもらおうか!」


 こんなどうでもいい理由で自分を殺そうと考えられるなんて、何だか悲しくなって来るぜ。小物感溢れる動機を聞くに、やはりどんな平行世界だろうと俺は俺なんだな。


「ひとつ気になるんだけど、何で歴史の授業を選んだ世界線の俺は、そんな並行世界に詳しかったり、実際こっちに来れたりするんだ?」

「そりゃもちろん、歴史の授業の延長でさ。俺の歴史の教科書にだけ、古代文字で並行世界についての記述が記されていたんだよ。俺はそれを解読して、力を身に付けた。俺こそが選ばれし存在なのだ!!」

「そんなトンデモ展開あってたまるか!!」


 前言撤回だ。こいつはどう考えても俺じゃねぇ。歴史の授業を選択しただけで並行世界を渡れるようになるなんて、平凡な俺にあるまじき急展開だ。

 というか外見はそっくりな割に喋り方が大仰だなと思ってたけど、さては並行世界の俺、厨二病だな!?


「分かるか?つまりは俺の歩んだ道こそが完成された世界線なんだよ。この世界線はもはや不要。俺の糧になってもらおう」

「うわぁ……自分の顔と声でそんな三流悪役みたいな台詞言われると心が痛いわぁ……並行世界の自分が黒歴史を刻んで来るよ……」


 ドッペルゲンガーの俺、鏡の世界の俺、未来の俺、並行世界の俺。もうこの空間だけ何でもアリの世界になってしまっている。俺はただ夜に散歩をしていただけだというのに。


「並行世界のオリジナル。お前もそれなりにやれるって考えて良いんだな?」

「もちろんだ。並行世界の俺のドッペルゲンガーに遅れを取るつもりはない。足手纏いになるなよ?」

「クソ……どうする現実世界の未来の俺。奴ら完全に結託してやがるぞ」

「動揺するな、過去の鏡の世界の俺。二対二イーブンになっただけだ」


 この場で聞こえる全ての声が俺のもので、頭がどうにかなってしまいそうだった。

 あの世界の俺だのその世界の俺だの、二人称が『俺』な事ってこの世にあるか?あっていい訳がない。


「もう乱入者はいねぇよな?じゃあ殺し合いといこうぜ!」


 本当に俺のコピーなのか疑うほど野蛮で好戦的なドッペルゲンガーの、そんな一言を皮切りに。四人の『俺』が一斉に動いた。


 ドッペルゲンガーが刃物を持って縦横無尽に駆け回り、鏡の世界の俺が鏡の破片をマシンガンのように連射し、並行世界の俺が空間を割いて応戦し、未来の俺が放電銃をぶっ放す。人気のない夜道の一画が戦火で彩られた。


 姿形がそっくりな様を表す『瓜二つ』という言葉は、文字通り二つに割った瓜のように似通っているという由来を持つ。その表現は、今の俺たちを如実に表していると言えよう。

 瓜二つならぬ、瓜五つ。一堂に会する四種類の俺は、この世界の俺を基準にして派生した存在なのだから。


「…………帰ろ」


 ドンパチ賑やかな四人の『俺』から離れ、俺は帰路についた。やつらは戦いに集中して俺が離れた事など気付いていないようだった。


 命を狙われていたというのに、あまりに巨大な困惑が俺を飲み込むせいで焦りや恐怖は感じない。むしろ突飛すぎる現実に脳が追い付かず疲れてしまった。


 鏡や写真ではなく生で自分の顔を見るなんて、とても変な気分だった。この気持ちを誰かに共有したいものだが、こんな荒唐無稽な出来事、誰かに話しても信じてもらえないだろうなぁ。


 そんな事を考えながらとぼとぼ歩いていると。


「ちょっと待ちな、そこの


 ……もう、振り返らなくていいですか?

 無視して逃げ出したい気持ちとはよそに、俺の首は声のした背後へと向けられる。


 もう分かってたよ。そこに『俺』が立ってるなんて。


「俺はお前の深層心理から抜け出し物質世界に受肉した存在。いわば副人格のお前だ」


 この世界、一体どれほどの『俺』ストックがあるの?

 もう『俺』という単語がゲシュタルト崩壊しそうだった。


「お前を倒せば俺が主人格だ。覚悟してもらおうか―――」

「待て、そこの俺!オリジナルに手をかけるというのなら、本物の俺の人格式を複製した『アンドロイドの俺』が相手だ!俺があいつに成り代わって、人類機械化計画の足掛かりとするのだ!」

「お前ら何粋がってんのか知らねぇが、この『写真世界の俺』がいる事を忘れんなよ?オリジナルになるのは俺だ」

「好き勝手言いやがって……『影の世界の俺』からすれば、オリジナルに消えてもらっちゃ困るんだよ。お前ら全員、俺がぶっ飛ばす」

「面白そうな事やってんじゃん!せっかく俺まるごと超決戦やってるみたいだし、この『可能世界の俺』も混ぜてくれよ!」


 わらわらわらわら。次々と俺が現れる。さすがにここいらが限界だった。


「も、もう嫌だああああああああああ!!」


 第二次俺大戦が勃発した直後。俺は情けない声を上げながら一目散に背を向けて走り出した。


 俺は今日から、自分の顔がトラウマになるかもしれない。

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瓜五つの俺たち ポテトギア @satuma-jagabeni

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