第43話 ヨロコンデー!
「あるかもしれん」
サリーさんが言った。
「この世のありとあらゆるものには精霊が宿る。石にも鉄にも雷にも。
コンピューターとやらは、そういう物で出来ているのだろう?ならば、通じるかもしれん。私には無理だが、そこの娘さんなら、電気……つまり雷の
そこからコンピュータに声をかけてみてくれ」
風が吹き抜け、パチパチと糸のような火花が吸気穴の中を降りてきて、サリーさんの前に来た。サリーさんが、兎娘の手を取って触れさせる。
「助けてくれる?」
兎娘の声と同時に建物中に電流が走った。
「ヨロコンデー!」
居酒屋チェーンの店員か、プロポーズの返事みたいな答えが、ドックのパソコン画面に表示され、閉鎖されていた浄化装置が壁に引っ込み、通路が開く。
「モリアーティ ノ ニオイ ガ シタ。マッスグ ツキアタリ」
「急ぐぞ、走れ!」
私の声で全員が走る。
「兎娘、どうなったんだ?」
「あの、なんかすごく喜んでた。声かけられたのも、頼まれたのも初めてなんだって。
人間のお役に立とうとずーっと頑張ってたのに、誰も自分がここにいるのに気づいてくれなくて、寂しかったって……『また声かけて』って言われた。」
「そ、そうか。時々かまってやると良いかもな」
「うん、そうする。AIって良い子だわ」
良い子なのか……私の周りの良い子はクセが強すぎる子ばかりだな。
吸気穴の壁を通して、ここの職員の声が微かに聞こえて来た。
『何だ、どうしてシャットダウンしたんだ?』
『落雷したみたいだ、非常電源に切り替わってる。大丈夫、菌の部屋は無事だ』
『システムエラーが再起動しないぞ。保菌者ルームに一人いなかったか?空気が遮断されて窒息する、早く出さないと』
『ダメだ、ドアを解除出来ない。手動で開ける。行くぞ』
「まずい、急げ!」
モリアーティの部屋は真っ暗で、マザーが魔法で灯りをつけると、部屋中の壁一面にマジックでたくさんの数式が書き散らされたなかに、モリアーティが座っていた。
「モリアーティ、助けに来たぞ!」
部屋の吸気穴のカバーを外し、飛び降りて声をかけた。
「ホームズさん! 五代目も一緒なの?」
「彼は監視されている、先に君を助けろと言われて来たんだ。何だこの壁の落書きは?」
「閉じ込められて、やる事ないから暇つぶしにリーマン予想のゼータ方程式(*注)解いてたんだ。もう少しで解けるとこだったのに、急に真っ暗になるんだもの。腹立つー」
「君らしいな……さっさと行くぞ」
マザーが魔法で小さくしたモリアーティと私をロープで引っ張り上げる。
のちにこの落書きが発見され、リーマン予想の解の発見につながるのは、また後の話。(嘘ですからね)
「もうじき職員が来て君のいないのがバレる。五代目は十五階だ。くそっ、登るのに時間がかかるな」
「なら、早く済まそうかね。風の精霊を呼ぼう」
突然の突風に巻き上げられて、一気に全員十五階の吸気穴まで、持ち上げられた。
「あ、あれ? サリー
風に飛ばされて、浮かびながらモリアーティが言った。
「そうだよ、覚えててくれたのかい」
「あたりまえだよ、僕ずっとおばあちゃんに『良い子になるんだよ』って言われたの忘れてないよ。あんまり上手にやれなかったけど、頑張ったんだ」
モリアーティが涙ぐんでいる。彼が泣くのを初めて見た、よほど嬉しかったんだろう。
十五階に到着、みんなで吸気口内を五代目の部屋に走る。
「ビオラちゃん、今何時何分? 正確に教えて」モリアーティが走りながら叫んだ。
「えと、10時11分32秒」
兎娘が、背中のリュックのシンバを揺すり上げ、走りながら携帯を見て答えた。
「ああっ、くそっ! まだ22分たりない」
モリアーティが悲鳴を上げた。
「なんだ? その22分と言うのは。五代目の言ってた『言霊三日ルール』のことか?」
私の質問にモリアーティが答えた。
「はい、俺は基本的に自分以外になら、人でも物でも何にでも干渉できる。でも、同じものに続けて干渉する時だけ、正確に三日間隔をおかないと力が発動しない。五代目といた時、時々力が働かなくて気が付いたルールなんです。
三日前捕まった時、アイツらの意図が分からなくてとっさに『誰も五代目を傷つけられない』と俺は言った。でも『誰も殺せない』とは言わなかった。
だから五代目を助けるために、三日辛抱してたんだ。
もしもの時に五代目を守る言霊を言うには、あと少し時間が足りないんです」
そうか。三日というのは、シフラン親子の願いを叶える為じゃなく、五代目を助けるための三日だったのか。
*******
(*注)リーマン予想。数学難問の中でも最も難しく、最も重要とされるミレニアム懸賞問題の一つ(21話参照)。これを解くため、人生を棒に振った数学者は多いと言う。 無限に存在する素数(1と自分自身でしか割り切れない数字)の出現するタイミングの不規則性は、謎として二千年以上人類を悩ませてきた。
1826年、ドイツのベルンハルト・リーマンは、素数式を立体グラフ(ゼータ関数)にする事を思いつく。すると全ての素数の値が、常に0点で一直線に並ぶ事を発見。「ゼータ関数の0点は全て一直線上にあるはずだ」としたリーマン予想が生まれる。
1972年.0点同士の間隔の規則性について研究していた、数学者ヒュー・モン
ゴメリーは、量子物理学者フリーマン・ダイソンと出会い、不規則なウランの原子核エネルギーの間隔をあらわす式と、0点の間隔(ゼータ関数)が、全く同一である事に気づく。素数は、自然界の重要な構成要素であり、素数の並びと宇宙の法則は繋がっているとして、世界の物理学者と数学者が今も謎を追い続けている。
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