第39話 連れ去り犯は誰か。


「こっちの白人マフィアグループの方は、警察が介入して潰したわ。

 実は今回の誘拐、エホナラの道士に事前に警告されてたの。この前のハロウィンの日、急にエホナラに呼び出されて出かけたのは、サリーのところで対策を相談するためだったのよ。


 私の弟、サンフランシスコ市警察所長で、FBIともパイプがあるから、前々からあのグループには目をつけて調べてたんだって。

 それで誘拐容疑で一網打尽にしちゃったんだけど、コイツらも二人を誘拐した犯人じゃなかったの」



 ブリジットさん、見かけによらず力で押すタイプだった……。



「『警告してやったのに、何やってんだ!もう助けてやらん』って、彼、怒っちゃってあれから出てきてくれないの。お願いホームズさん、ジャム坊やを助けてちょうだい」エホナラさんは泣きそうになっていた。



 ――人間は一人殺したら、歯止めが効かなくなるんだよ――


 彼自身がそういったのだ。つまりモリアーティは、お父さんの事件を思い出したら歯止めが効かなくなるかもしれないのか。

『昔の俺にはなりたくない、良い子になりたい』と彼なりに努力していたのに。


「……結局、犯罪界のナポレオンの運命は変えられないのか」

 思わずため息が漏れた。



「ホームズ、 キメツケルナ。 モリアーティ ハ イイコ ダゾ」

 黒兎が怒った。


「そうよ、シンバのためにすごく頑張ったの。貰い手を探したけど見つからなくて。虎は数が少ないけど、ライオンって猫みたいに沢山子供を産むから、需要がないんだって。

 動物園でも、赤ちゃんのうちは可愛いから客寄せに産ませるけど、大きくなったら、餌もかかるし維持費が大変だから、よそにやるか売っちゃうの。

 牛や豚と同じ産業動物だっていわれたんだって。


 一番の売り先は金持ちのハンターたちの所。狩場に放して、ジープで追い回して、ライフルで撃って殺して楽しむ。そんなの酷すぎるじゃない!


 だからモリアーティ君は自分で飼う事にして、飼うための申請許可書類とか、五代目と手分けしてやってたの。

 土地を買ってシンバのためのライオン・ランができるまで、私もシンバのベビーシッターを引き受けてたのよ」


「ワガハイ モ、 チイサク ナッテ モウヒトツ ノ ノウリョクデ、 モリアーティ ノ ミハリ ノ テツダイ ヲ シテタンダ」


「ホールで場所を繋ぐ以外にも、まだ能力があるのか?」


「ブラックホール ノ トクセイ サ。 ブラックホール ノ ジュウリョク ハ、 ジカン ヲ オソク スル」

 

「時間を遅くする? 止められるのか!」


「トメル ノハ サスガニ キツイ カラ、 30ビョウ シカ デキナイ。

 slowオソクト slow downモットオソクナラ カナリ ナガク ヤレル。 

 アイツ ノ ケッテン ハ、 タンキナ トコダ。 

 アタマ ヒヤス ジカン ガ アレバ、ダイジョウブ。 ダカラ アイツ ヲ タスケテ クレヨ ホームズ」


「私だって、モリアーティが悪い子だと思っていたら、ここに来なかったよ。

五代目のことも心配だ。来たからには全力を尽くす」



 私の言葉に、みんなホッとしたようだ。

 だが、どれだけ努力しても、良い結果を出せないこともあるのだ。



「五代目の方の恨まれる理由は見当はつかないの。数学オリンピックに補欠で出席してしまって、恨みを買ったかもしれないと思って、ずいぶん聞いて回ったんだけど『急に背が高くなって羨ましい』と話題になってた程度だったわ」


ブリジットさんがため息をついた。


 白人マフィアと中華マフィアを潰して、サンフランシスコ市警察総動員でも、二人は見つからないのか?

 モリアーティの過去の関連はダメ、五代目も可能性は薄い。

 それなら残ったものは何か。まだあり得る可能性はなんだ?



「……モリアーティの言霊能力を誰かが嗅ぎつけたとしたら? 

 ブリジットさん、先ほど数学オリンピックに出ていた学生の間で、五代目が急に背が高くなったのが話題になったと言っていましたね?モリアーティがその原因だと知られてしまったら、それを利用しようと考えた者がいたかもしれない」


「あり得る!でも一体誰なの?」

 みんな考え込んでしまった。



「もし、そんなことが出来ると知れたら、軍が一番動きそうですが……そちらの方の伝手は、私が引き受けます。仕事がら、軍部との付き合いもありますので」


 ドアを開けて入ってきた五十代くらいの男が言った。

 金のかかってそうな服を着ているが、ずいぶんやつれた顔をして、頬に湿布を貼っている。


「ドック・ホリデイと言います、アイリーンの婚約者で、会社を20ほど持ってます。あなたは名誉を重んじる紳士で、秘密が外に漏れる心配はないと聞いてます。

 お願いだ、ホームズさん。私はアイリーンと結婚したいんです。私の依頼を引き受けてくれれば、どんな協力も惜しみません。」


「ちょっと待ってください、結婚の契約は『死が二人を分つまで』ですよ。死んでしまったアイリーンと結婚と言われても……」


「でも、いま彼女は現にここにいるんです」


「初めましてー。アイリーン・チャンです」


 その時ドアの向こうから歩いて来たのは、死んだはずのアイリーン・チャンこと、B・Bそっくりの女性だった。なぜか、手にノートとサインペンを持っている。

 そして首には縫合の跡が。

 ……お腹に解剖のY字縫合跡もあるんだろうか。



「ミャア」シンバが甘えた声をあげて、アイリーンに駆け寄った。


 途端にアイリーンが「いやー!ケダモノ、来るな!」と悲鳴をあげる。



 なのに、アイリーンはしゃがんでシンバを胸に抱きしめ、撫でている。


「やめて〜、こいつ嫌いなのォ」首から上だけが、顔をシンバから必死に背けようとしている。結果として、怒ったシンバに「シャアー」されていた。


 何だ? どうなってるんだ???

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