第30話 入れ替わった二人
「慌てないで、ピエロの本当のお姉さんは首から上の女性のほうでした。
あなたが長らくピエロのお姉さんだと信じていた、足に傷のある女性は、ピエロとは全くDNAが一致しません。良く似た顔の別の女性だったんです」
「つまりそっくりな顔の女が二人、入れ替わって生活していたという事が証明された事になるな」
五代目の言葉を、私が締めくくると、モリアーティが叫んだ。
「そっくりな二人! B・Bこと、ベティ・バンブルビーのそっくりさん募集が、2年前にあったんだ。でもその頃B・Bは交通事故で怪我をして、そのせいで募集が中止になった」
「それ、ピエロたちが私のサーカス団に来る少し前の事よ。
彼女に初めて会ったとき、あんまりB・Bに似てるからびっくりして聞いたら、『昔そっくりショーに応募しようとしたけど、足の傷があるから諦めた』って笑って教えてくれた。
あの足の傷が交通事故の時の傷なら、うちに来た時もう二人は入れ替わっていて、私がアイリーンだとずっと信じてた女性は本物のB・Bだったのね」
その時、痩せた白髪の老人が、教会のドアを開けて入ってきた。
「あのう……今日、ここで葬儀をやることになってるはずなんですが」
「ピエロのお父さんよ、隠れて!」
アリス嬢の声に、五代目とマザーが穴に隠れ、兎娘が穴を閉じた。
「Mr.チャン、お久しぶりです。せっかく来ていただいたけれど、今日のアイリーンの葬儀は中止になりました。
遺体はまだ解剖からもどってませんし、ピエロ……チャーリーは今、警察で取り調べを受けてます」
「ええ? どうしてです、事故だと聞いてましたが」
アリス嬢の言葉に、ピエロの父はうろたえていた。
◇
「棺の死体を入れ替えた? ピエロが……息子のチャーリーが、そんな事をしたんですか」
呆然とする老人に、私は聞いた。
「御子息がそんな事をした理由に心当たりはありませんか?」
「分かりません、そんな事をして、何になるんです?
でもそっくりの死体が二つ、しかも片方は妊娠してた。
つまり娘のアイリーンも嫁のベティも、二人とも死んでしまったんですね。
アイリーンは結婚が決まって、ベティは子供ができたから明日病院に行ってくると、一昨日の夜電話で嬉しそうに言ってきたのに。
病気で老い先短い私を残して二人とも」
老人は、おいおいと泣き出した。
「あなたは、アイリーンさんとベティさんが入れ替わっていたのを知っていたんですね」
私の問いにピエロの父アーリー・チャン――祖先はゴールド・ラッシュの頃アメリカに来た華僑だそうだ――は、答えた。
「2年前、妻がサーカスの事故で意識不明になりました。有り金全部叩いて治療しましたが、意識は戻らず、半年後に亡くなりました。
保険に入っていなかったので借金まで作ってしまい、葬儀もできず墓も作ってやれずに、火葬した骨は妻の故郷の海に散骨しました。
その心労が祟ったのか、今度は私が癌になってしまって。
その頃娘がB・Bのそっくりさん募集の記事を見つけ、賞金に釣られて応募したんです。
娘は髪の色以外は妻似で、ほとんど白人にしか見えない外見をしてましたし、よくショーでもふざけてB・Bの真似をしていたほど似ていたんです。
書類を送った次の日、マネージャーがB・B本人を伴って現れて、「一回だけ、B・Bの代役で映画に出てほしい」と頼まれたんです。
B・Bが交通事故で怪我をして、歩けなくなり、映画が完成しないと莫大な違約金を払わなくてはならないからでした。
お金が欲しかったアイリーンは承知しました。マネージャーは怪我が治るまで、匿ってくれと言ってB・Bを、置きざりにして行ってしまったんです。
映画は無事に完成。大ヒットしました。そして、そのままアイリーンは帰ってきませんでした。
B・Bより、アイリーンの方が女優として、人気が出てしまったんです。
毎月お金が振り込まれましたが、私の治療代と、借金の返済で皆消えてしまいました。
二人の入れ替えがバレないよう、別のサーカスに移り、今まで通り二人は“マジック・チャン姉弟”としてショーを続ける事にしたのです。
初めは泣いてばかりいたB・Bでしたが、足が治るとサーカスの娘としての生活に慣れていきました。特に、動物を扱うのが上手く、まだ小さかったライオンのシンバは、猫みたいにB・Bに懐いてました。
B・Bはもともと、女優になんてなりたくなかったそうです。
たまたまマリリン・モンローに雰囲気が似てるからと声をかけられて、周りが勝手に騒いでただけだって。
『やめられて、ホッとした、自分には向いてなかった』と言ってました。
弟のチャーリーも大人しい内気な子で、気の強いアイリーンの子分扱いでしたが、姉弟仲は良く、アイリーンがいなくなってしばらくしょげてました。
そんな泣き虫の二人が仲良くなるのに時間はかからなかった。二人は、チャーリーが成人した去年、籍を入れて結婚しました。
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