第22話 サーカスの惨劇

「今まではモリアーティ君をなんとか止められました。でも、僕が結婚したらどうしても今までみたいにはやれません。 

 それでなくても元の人格が“犯罪界の悪の帝王”なのに、あんなとんでもない能力まで持ってる人間が闇堕ちしたら、世界の破滅です。

 モリアーティ君のことを一番わかってるのは、ホームズさんだと思うんです。なんとか知恵を貸してください。お願いします」



 ◇



 ドン!


 ブロンドの頭が飛び、最前列にいた客に血飛沫がかかる。

「キャーッ、あの娘死んでる!」


 ギロチンが女の子の首を本当に切り落としたのだ。

 観客が悲鳴を上げて逃げ惑う。


「嘘でしょ……」

 呆然としたモリアーティの顔。


「オイ カケ ハ ドウナルン ダヨ!」

 黒兎がひとり叫んでいた。



 ◇



「確かに。ストッパーになっていた君が離れたら、“悪の帝王”と呼ばれた本来のモリアーティに一気に転がり落ちるかもしれない。しかし五代目、私が相談に乗れるのは、過去から現在までの範囲だ。将来人が何をするかは誰にも、本人にさえ決められない事だ。


 それに五代目。天才だからと言って、人間として優れているとは限らない。

 どう言ったらいいかな……君は、“凡人”というものの価値がわかっていない。

 ワトソン君は、いつも私のことばかり評価して、自分のことに思い至らないが、私の小さな業績は、ほとんどワトソン君の助力のおかげなんだ。他人に腹を割って事件の経緯を話して聞かせるくらい、自分の考えをはっきりさせる事は無いのだよ。

 彼は常に私にとって考えをまとめる触媒、私の頭の刺激剤だった。自身が天才でなくても、天才を刺激し、その力を発揮させることができる、そんな人間はまれだ。ワトソン君がそばにないと、私はうまく力が出せないんだよ」 



 ……といっても、実のところワトソン君の与えてくれる刺激とは、彼の間違った考えを正していくうちに、いつのまにか私が正解に到達していると言う種類のものなのだが。(まぁ、これは黙っていることにしよう)



「私は 結果が出るまで私の考えを口に出す事が無い。仕事上、危険や失敗の機会を避けるためとは言え、結果としていつもワトソン君をふりまわしてしまう。

 そんなわがままな私に、彼はいつもついてきてくれた。辛抱強いことにかけては、ワトソン君に勝るものはない。それこそが『ジョン・ワトソン』の力なんだ。


 私は、自分のプライドの高さから失敗を何度かしてる。そんな時、ワトソン君の顔を見るだけで、心が安らいだ。決して変わらない、安心できるもの――真の友達ほど生きる疲れを癒してくれるものはない。

 彼が結婚して、そばにいなくなっても、『ここにワトソン君がいたら、どんな顔をするかな』と考えるだけで、私は笑顔になれたものだ。


 君は自分を“凡人“だという。その自覚があるからこそ、無駄に自分を飾ったりせず、常に誠実に、自分の出来ることの最善を尽くしてきたのではないかね。

 自分の生き方に自信を持ちたまえ。君は天才を理解できないと言うが、モリアーティだって凡人である君を理解していないだろう? 


 この世に同じ人間などいない。生まれた時から、各自違った環境を生きてきた歴史がある。他人を何から何まで理解できるなどとは思わない方がいい。

 ただ、君という人間が決して裏切らないという安心を、モリアーティに見せてやればそれだけで十分だと私は思うがな」



 しかし、モリアーティの奴、五代目に依存しすぎだ。とんだ“僕ちゃん”じゃないか、どうしたものか……。



 その時、空間の丸く切り取られた穴から、ワトソン君と黒兎が、部屋に転がり込んできた。


「どうした、ワトソン君。何をそんなに慌ててる?」


「ホームズ、事件だ。娘さんが、首を切り落とされて死んだ!」


「まさかモリアーティ君が?」

 五代目が青くなった。


「違う、サーカスのマジックショーの事故だ。モリアーティは私が警察に尋問されたら身分を証明できないからと、逃げるように言ってくれたんだ」


「アイツ チャラソウ ニ ミエルケド ケッコウ イイヤツ ダ。ワガハイ ト ハニー ヲ、 オウエン スルト イッタ」


「それは賭けにお前が勝った時だろ。“負けたら潔く二人のことを祝福しろ”と約束したろうが。お前は何でもかんでも自分に都合のいいように考えるんだな」

 ワトソン君が呆れたように言った。


「良かった。でも賭けなんて、モリアーティ君負けたらどうするつもりだったのかな」

 五代目が怪訝な顔をしていると、


「多分、負けないように賭けたんだろう。モリアーティのやりそうなことだ」

 私はそう答えた。


 ただし、“どっちの結果を正解としたか”によるのだが……。



 ◇


 

「こんなに遅くまで警察の取調べを受けてたの?心配したんだよ」

 夕方になってから、帰ってきたモリアーティに向かって五代目が言った。


「仕方ないだろ。俺、一応あの土地を貸した責任者だし。サーカスのメンバーに顔知られてるし、逃げられなかったんだ。喉乾いた。水くれる?」


 五代目の出したコップの水を一気に飲むと、ため息をついてモリアーティはソファーに座った。


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