第21話 モリアーティは、かまってちゃん
「その時ビオラちゃん、背が伸びて女の子に囲まれてる僕を見て、泣いて逃げちゃったんです。僕が女の子にモテモテな上に、大きくて怖かったって。
チビでさえない本当の僕を好きになってくれた、唯一の女の子だったのに。
マザーがとりなしてもう一度来てくれなきゃ、危うくビオラちゃんに振られるとこだったんですよ! 背なんか高くたってちっとも良いこと無かった。
モリアーティ君の言う〈良いプレゼント〉は、僕には悪いプレゼントだったんです」
「逆に、ドーナツ事件の時は、懲らしめるつもりが、結果として相手のためになってるな?」
「そうなんです。なんか能力を正しく使いこなせないみたいで、見ててハラハラするんです。
僕のおばあちゃんが常々言ってるんですけど『お金の扱いのぞんざいな人は、人の扱いもいい加減だ』って。
彼の両親はもう亡くなってて、6歳の時引き取られた母方のお祖父さんの家はものすごいお金持ちなんです。今日だって簡単に飛行機チャーターしようとしたり、奢ってくれたり。
お金持ちなの鼻にかけたりはしないし、ハンサムで取り巻きもたくさんいるのに、なぜか僕に引っ付いていつも一緒にいたがるんです。
そして、僕の前でわざと変なことを言うんです。僕が止めるかどうかニヤニヤ笑って見てるんですよ。彼の能力を知っている僕は、その度に止めに入らなきゃならない。
その上、お祖母ちゃん同士が同じ大学の同期なのが分かって、家族ぐるみの付き合いまで始まるわで、逃げ場がないんですよ。
たまらなくなって大学は別にしたのに、モリアーティ君ったらスタンフォード大学(*注1)に推薦入学決まってたのをほっぽらかして、僕と同じカリフォルニア大に来ちゃったんです。
寮までおなじで、おかげで僕は高校・大学とずーっと彼がとんでもない事を言わないよう、見張り続ける羽目になって……」
生まれ変わったモリアーティは、甘えん坊で、さびしんぼうで、かまってちゃんだ
ったわけだ。
「僕、本当は数学の道に進みたかったんですよ。でも高校で、彼と一緒に数学オリンピック(*注2)の代表テストうけて、彼は一位で通過。僕は僅差で落選。がっかりしてたら、笑って、『大丈夫、一緒に行けるよ』っていうんです。その後、代表の一人が、盲腸になって、補欠の僕が出ることになりました。でもそんなの嬉しくないですよね。
彼は本物の天才です。僕とは全然違う。僕には逆立ちしたって、彼のような発想は浮かばない。彼なら僕の憧れのフィールズ賞(*注3)だってきっと簡単に取れますよ。ミレニアム懸賞問題(*注4)だって解くかも知れない。
彼は、僕の積み重ねてきた死ぬ気の努力なんて、あっさり踏み越えて『このくらい誰でもできるよ』って言うんです。
凡人の僕に出来るわけないのに……どうして君は出来るんだよ、なんで僕にはできないんだよ、こんなにがんばっているのに!
だから僕は数学の道を諦めて、父の後を継いで医者になることにしたんです。凡人の苦悩なんて、天才のホームズさんにはわからないでしょうけど」
五代目は俯いて涙を堪えていた。
申し訳なくなった、私もモリアーティと同罪だ。
口の悪い自惚れ屋の私のそばで、こうやってワトソン君はため息をついていたのに、私はいつもそれを面白がってからかっていたんだから……。
「でも、ビオラちゃんは、こんなダメで情けない僕を好きだって言ってくれて。冴えないチビだった時の僕を、『真面目で一生懸命で優しくて、友達のためなら出来ることは何でもしようとする五代目が大好き』って言ってくれたんです。
今回、黒兎の珊瑚君が現れたのを機会に、ホームズさんの助けが欲しいと、マザーと一緒に一芝居打つよう頼んだら引き受けてくれて。優しいのはビオラちゃんの方ですよ。本当に感謝しかないです」
「当然よ、私は五代目が大好きで一番の親友なの。彼のためなら何でもできるわ」
兎娘の言葉に五代目が嬉しそうに照れている。
「本当、良いカップリング。わたしも頑張った甲斐があったわー」
マザーもご機嫌だ。
*******
(*注1)スタンフォード大学。アメリカ合衆国の私立大学、サンフランシスコからサンノゼまで続くシリコンバレーのど真ん中にあります。
世界100カ国から50,000人以上が受験し、合格率4%。世界ランキング3位。起業家を輩出した大学の大学院・学部共にランキング世界一。一日1.3人以上の起業家を輩出するといわれ、チャットGPTの生みの親サム・アルトマンも在籍、Googleの創始者の2人は寮の相部屋。「スタンフォード式○○」な本も沢山出版されてます。
(*注2)数学オリンピック(IMO)1959年から、高校生などを対象に行なわれる数学の問題を解く能力を競う国際大会である。1カ国あたり、最大6人の選手が参加できます。年齢制限に下限は存在しないので、高校生以下の学生も参加可能。2023年は、一位中国・二位アメリカ・三位韓国でした。
(*注3)フィールズ賞。数学のノーベル賞と言われる。受賞者には過去数学オリ
ンピックで上位に入賞したものが多い。コラッツ予想のテレンス・タオは最年少メダル獲得者である。
(*注4)ミレニアム懸賞問題。アメリカのクレイ数学研究所によって、2000年に発表された100万ドルの懸賞金がけられた。七つの内の一つ「ポアンカレ予想」はグレゴリー・ペレルマンにより2010年証明されたが受賞を拒否、話題となる。モリアーティが挑むとなったら、リーマン予想か、ボッジ予想かな?
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