第15話 モリアーティとの再会
「ほんとに、盛りのついた雄はこれだから。奥様、掃除の仕事を増やしてすいません。ほら、男ならとっとと仕事しなさい!」
怒ったマザーが、魔法でロープを締めあげる。
「イタイ イタイ ワカッタ ヤルヨー! ホールヨ ヒラケ!」
黒兎の右耳と左耳が逆方向に動き、空間を円の形にトレースした。
途端に、ハサミで切った様に丸い空間が開き、穴の向こうに大きな建物が出現した。
「キボウドオリ 2023ネン 10ガツ 31ニチ ノ カリフォルニア。 フィフッテ ヤツ ノ ニオイ ガ ココ カラ シテル。30ビョウ デ トジルカラ イソゲ」
「わかった、じゃあいきましょうね、お二人さん」
マザーの手に新たに二本のロープが出現し、私とワトソン君を捕まえた。
「奥様、お騒がせしてすいませんでした。旦那様をちょっとお借りします。ビオラちゃんも急いで」
言うが早いか私達は引き摺り込まれ、白兎と黒兎も飛び込み、穴はすぐに閉じた。
後には、ポカンと口を開けた奥方がJr.を抱いて立ち尽くしている事だろう。
◇
「ここがアメリカ? 五代目はどこなの」
人間の娘に変身した兎娘がウキウキはしゃいでいる。シンデレラの衣装を着せてもらって、ティアラをつけ、銀髪の髪型だけは兎の耳っぽくツインテールにして垂らしているのが、なかなか可愛い。声も人間の娘らしく細く高くなっていた。
後ろに私と、マザーと、ワトソン君と、ブラックホールの妖精・黒兎の珊瑚も控えている。
「今夜は、アメリカのハロウィンなの。みんなお化けや、好きな仮装をして過ごす日だから、どんな格好してても許されるのよ。で、私は“妖精の名付け親さん”《フェアリー・ゴッド・マザー》の仮装をしてるわけ。本物だけどね」
「しかし、マザー。私のこの格好はなんなんです?私は鳥打帽(*注1)を被ったことはありますが、インバネスコートを着たことはありませんぞ。拡大鏡は使ってますが、パイプも違う(*注2)。これも仮装だと言うんですか?」
「そう。シャーロック・ホームズといえば、それで決まり。カッコいいわよ、ホームズさん」
全然そうは思わない。ワトソン君はいつもと同じ格好なのに、なんで私だけ。
「すまない、ホームズ。すぐ済むからちょっとだけ辛抱してくれ」
ワトソン君が、何度も謝っていた。
「分かっている。さっさとすませて帰ろう。ここが、五代目のいるカリフォルニア大学バークレー校か(*注3)。彼は物理か数学専攻だと思うんだが、どこにいるんだろう。黒兎、臭いで探してくれないか?」
不慣れな大学の校内地図を見ながら、みんなで頭を捻っていた。
「あ、あれ五代目だわ」
兎娘が、赤毛の背の高い男を指さした。
「え、どこだ?」ワトソン君がキョロキョロする。
そうか、二人は入れ替わっていたから、あってないんだ。
「確かに顔は似てるが、背が高すぎないか?私より高いぞ」
いや、それより隣にいるあの青年は…… 。
「モリアーティ!」
思わず声が出てしまった。青年がこっちを振り返る。
「はい、ジェームズ・モリアーティですけど。あの、どちら様ですか?」
その時、五代目が私たちに気づいた。
「ホームズさん、マザーも!ひょっとして、隣の男性は初代のジョン・ワトソンですか?
うわあ、初めまして。僕、五代目のジョン・ワトソンです」
五代目が駆け寄ってきて、ワトソン君の手を取り、盛大に上下に振って握手をした。
その時、マザーの隣にいた兎娘が、五代目の上着を引っ張った。
「あの、こちらの女性は……マザーのお知り合い?」
戸惑う五代目に、マザーが悪戯っぽく笑った。
「誰か当ててご覧なさい」
「あの、僕……前に君に会った事ある?」
困ったような顔で、五代目は変身した兎娘をじっと見ていた。
「もしかして……ビオラちゃん?」
言うと同時に、兎娘は五代目に縋り付いた。
「そうよ。五代目、会いたかった」
「やっぱり! マザーと一緒だからもしかしてと思ったんだ。僕も会いたかったよ」
「愛だわー」
喜びの再会を果たした二人を見て、マザーは大満足の様だ。
「愛かどうかは知らんが、五代目なら気付くと思ったよ」
私がそう言うと、呆然と見ていた黒兎の珊瑚が、突っかかってきた。
「ナ、ナンデ ワカルンダヨ。フツウ ワカランダローガ! アンタ ドウシテ ワカルト オモッタンダ?」
「簡単だよ。五代目は、人をちゃんと観ているからね。兎娘のあの珍しい濃い紫色の目を、見間違うはずがないと思ったのさ。賭けはマザーの勝ちだ。これでワトソン君も、黒兎君も二人の事を祝福してくれるかね?」
「それは……まあ」
渋々と言う感じでワトソン君は言った。
*******
(*注1)耳当て付きの旅行用ハンチング。「白銀号事件」で被っています。
(*注2)鳥打ち帽・インバネスコート・吸口の曲がった海泡石のパイプは舞台でシャーロックホームズを演じた役者が作り上げたイメージです。吸い口の曲がったパイプだと、歯で咥えたままでも喋りやすかったからです。ホームズの本当のお気に入りのパイプは、古い真っ黒なクレイパイプで、肢は真っ直ぐでした。
(*注3)カリフォルニア大学バークレー校。映画「いちご白書」(1970年で有名。世界の起業家を輩出した大学ランキング・学部部門で2位に入る名門です。
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