深夜の散歩でギャルと会う

ひなた華月

深夜の散歩でギャルと会う


深夜を過ぎた午前1時。

僕は両親たちが起きないようにそっと玄関のドアを開けて、外に出る。


当然、こんな夜中に出歩くような人などいるはずもなく、僕は静まり返った住宅街を抜けて目的の場所まで向かっていく。


……なんて、少し大げさに言ってみたけれど、これから僕が向かおうとしているのは、誰もがお世話になっている某有名チェーン店のコンビニエンスストアで、少し小腹が空いてしまったのでお菓子と飲み物でも買いに行こうと思っただけだ。


ただ、僕はまだ高校生なので、万が一お巡りさんに見つかってしまっては早く家に帰りなさいと強制送還されてしまう可能性もある。

なので、気分的にはステルスゲームを実体験しているような感覚なのだけれど、残念ながら平凡な僕にそんな刺激的なイベントは発生するはずもなく、あっさりとコンビニに到着してしまった。



「……ん? あっれ~! あーちんじゃん!」



――だが、ゴール直前でギャルとエンカウントしてしまった。



髪は金色の染め、両耳にピアスをつけた彼女は、いつもの制服姿とは違い全身黒いジャージ姿のギャル。


そんな彼女が、周りの静かな雰囲気を一切無視して、ご厚意で設置されているであろう店前のベンチに腰掛けてこちらに元気よく手を振って来る。



なので、僕はそんな彼女を――華麗に無視して店内へ入ろうとした。



「ちょいちょいちょいちょい!」


だが、その行動は擬音系ツッコミと共に阻まれてしまう。


「なんで無視すんの!? 酷くない! ねえ酷くない!?」


大事なことだから2回言ったのか、それとも僕に対する怒りを強調したかったのかは判断に困ったけれど、まるで僕が悪者のように言われてしまうのは甚だ心外だ。


「いや、悪いでしょ。こんなに可愛い女の子を無視するなんて地獄に落ちるよ?」

「僕はそこまで酷いことをしたつもりはないぞ」


どこぞの占い師みたいな台詞を吐かれても困る。

ただ、「むぅー」とふくれっ面をする彼女の様子から察するに、ここは観念して相手をしないといけないようだ。


「……こんな時間に何やってんだよ、月渚ルナ

「そういうあーちんこそ、何やってるのさ。もう良い子は寝る時間だぞ」

「……僕は小腹が空いたからお菓子を買いに来ただけだよ」

「ふーん。じゃあ、あたしのお菓子も買ってもらおっと」


なぜそうなる? と、文句を言いたいところだったけど、月渚ルナはそのままさっきまで座っていたベンチに戻ったかと思うと「あっ、ついでにカフェオレもよろ~」と言い残し、自分のスマホを弄り始めた。


「……はぁ、ったく」


僕は大きなため息と共に店内に入り、言われた通りに自分の買い物と合わせて、月渚ルナの好きなチョコレート系のお菓子とカフェオレをカゴに入れていく。

そして、店員さんの丁寧な挨拶に見送られながら店を出ると「おかえり~」と、全く感情のこもっていない声で僕を出迎えてくれた。


「……ほら、買ってきたぞ」

「おっ、ホントに買ってくれたんだ。やっぱりあーちんってばやさし~。しかも、あたしの好きなヤツじゃん!」


そういって僕からお菓子とカフェオレを受け取ると、そのまま立ち上がって僕の隣へやってくる。


「そんじゃ、今日はあーちんに送ってもらおっかな~」

「やだよ、一人で帰ればいいだろ」

「え~、か弱い女の子をそのままにしちゃうわけ? いいのかな~? 学校であーちんの恥ずかしい過去を流しちゃっても~?」


僕を試すように、にやにやとした笑みを浮かべる月渚ルナ

生憎と、僕には他人に流布されて困るような過去は持ち合わせていないけれど、作り話を流されてしまう可能性は十二分にある。

悲しいかな、クラスでの好感度は真面目な学生生活を送っているはず僕より、彼女のほうが男女ともに高かったりする。


くそ……みんなそんなにギャルが好きなのか?

僕にとっては、ただの幼馴染だというのに……。


「あはは、あーちん困ってる困ってる」


そして、僕があからさまに顔を歪めたことに気付いた月渚ルナは、満足げに笑って僕の買ったカフェオレにストローを挿して飲み始めた。

これ以上、月渚ルナのペースに合わせられるのは癪なので、僕は自分の家に帰ろうとするが、その歩調に合わせて月渚ルナもついてくる。

仕方がないので、僕は彼女から離れることを諦めて、最初に聞いたことをもう一度繰り返すことにした。


「……それで、なんでこんな時間にあんなとこにいたんだよ」

「う~ん、別に、眠れないからちょっとブラブラ~っとしてただけだけど……あっ、もしかしてあーちん、あたしのこと心配してくれてるわけ?」

「そんなわけないだろ。僕には月渚ルナが何をしていようと関係ない」

「冷たっ! 嘘でもいいからもうちょっと愛想よくできないかなぁ」


またしても、僕をからかうようなことを言ってくる月渚ルナだったが、今度はあらかじめ予想はできていたので、上手く反撃できた気がする。

僕だって、毎回やられっぱなしというわけじゃないのだ。


「まあいいや。偶然とはいえ、こうして久々にあーちんと喋れたしね~。あーちん、学校だとあたしのこと避けてるし」

「別に避けてない。お前が僕に引っ付きすぎるから逃げてるだけだ」

「いいじゃん、別に幼なじみなんだから」

「良くない。そのせいで僕はいつも変な勘違いをされるんだぞ」

「ほほ~う、変な勘違いですか? たとえば?」

「…………言いたくない」

「あー、なるほど、あたしとあーちんが付き合ってると勘違いされちゃうわけか」

「そっ、そんなこと言ってないだろ!?」

「言ってないけど、顔に書いてありますぅ」

「…………」


僕の沈黙が正解と判断したのだろう。

月渚ルナはそのまま話を続ける。


「まあ、そうなっちゃうか~。で、あーちんは何て答えるの?」

「どうって……違うって言ってるに決まってるだろ」

「ふうん、そっか。あたしは別にいいんだけどな~」

「そうそう、だから心配しなくても…………えっ?」


思わず立ち止まってしまった僕に、スキップして前を阻んだ彼女はゆっくりと振り返る。



「あーちんは、あたしが彼女なのは嫌?」



そう告げる彼女の姿が、一瞬だけ夜空に浮かぶ月の光に包まれたような気がした。


「え、えっと……」


しばらくの間、僕は呆然としまってそのまま動けずにいると――。


「……ぷっ、あはははは! あーちんってば、そんな困った顔しなくてもいいじゃん!」


月渚ルナは僕が渡したお菓子を抱えるようにして笑い始める。


「おまっ! そんなの冗談でも言うなよ!」

「だって~! そこまで面白い反応してくれると思わなかったもん~!」


くそっ……今までも散々からかわれて来たけれど、今回ばかりは本当に動揺してしまったじゃないか!


「あー、面白かった~。これで今夜はゆっくり眠れそうだよ~」


そして、散々僕を遊んで満足したのか、月渚ルナは僕の隣に戻って来て、また同じように歩き始める。



……本当に、こっちの気も知らないで勝手な事を言われてばかりだ。



だけど、今はまだ、これくらいの距離感が心地いいと思ってしまうのは僕の怠慢だとは思いたくない。



「ほい、あーちん。楽しませてくれたお礼にあたしのお菓子を分けてしんぜよう」

「生憎だが、それは僕のお金で買ったものだから全然有難みがない」

「ぶー、女子の優しさに素直に喜べないとは、困った幼なじみだ」



まあ、僕だっていつまでもやられっぱなしになるつもりはない。


いつかはちゃんと、僕のほうから想いを伝えるつもりなんだから。


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