僕はどこへ帰りたいんだろう
景綱
第1話
なぜ、僕は帰りたいって思うんだろう。
ここは僕の家じゃないのか?
部屋を見回して、小首を傾げる。僕の家だ。間違いない。それなら、なぜ。
「父さん、母さん。僕はおかしくなったんだろうか」
仏壇にある両親の写真をみつめ、吐息を漏らす。
ガサガサ、ダダン。
なんだ、なんだ。
後ろへ顔を向けると、愛猫のククリと目が合った。
「おまえか。なに暴れてんだ」
ククリはとぼけた顔をして視線を逸らし、飛ぶようにして駆け出した。
「おい、ククリ」
呼びかけても『聞こえてませんよ』とばかりに、見えぬ何かと格闘していた。夜中だっていうのに、何をしているんだか。おとなしく寝ていてくれ。というか、猫は夜行性だ。しかたがないのか。
ククリのこと責められないか。僕が夜更かししているからいけない。僕が寝れば、きっとククリも寝る。そうだろう、ククリ。
思いが伝わったのか、ククリは振り返り瞬きをひとつ。賢くて可愛い奴だ。
ククリは父がどこからか拾ってきた猫だ。あのときは、小さくて軽かったのに。今はデカくなったもんだ。あの頃が懐かしい。
もう五年か。
溜め息を漏らして、ククリをみつめる。両親が事故に遭ってひとりぼっちになってしまった日のことを思い出してしまった。あのとき、ククリが慰めてくれた。涙する僕の足にすりすりして寄り添ってくれた。
「ククリ、ありがとうな」
ああ、帰りたい。また、変なことを思ってしまった。
いったいどこへ帰りたいっていうんだ。帰るべき場所はここだろう。
溜め息を漏らし、一人遊びをするククリを何気なく眺めていたらスマホの着信音が鳴った。
LINEだ。
ネットで知り合った人で作ったグループLINEだ。
なに、なに。
『今日は満月だよ。みんな見てみて』とあった。
満月か。
『見てみるよ』と打ち込み、外へ出た。
本当だ。綺麗な満月だ。なんだか落ち着く。
足元に何かが触れた気がして、下を見るとククリが寄り添ってきていた。
「なんだ、おまえも出てきちゃったのか」
ククリは黙って僕の目をじっとみつめている。ここで何か話しかけられても困る。腰を抜かしてしまう。
再び、月を眺めて頬を緩ます。なんだか気分がいい。散歩でもするか。
深夜の月見散歩ってのもたまにはいいかもしれない。
「なあ、ククリ。一緒に散歩にでも行くか」
何を言っているんだか。ククリが散歩について来るわけがない。家で留守番していてもらわないと。そう思い、抱き上げようとしたらククリがするりと僕の手を
「ちょっと待て。ククリ、どこへ行く」
ククリは耳をぴくぴくさせただけで、どんどん歩いていってしまう。もともと野良猫だから外も怖くはないのかもしれない。けど、もう何年も外へは出ていなかった。あいつ、意外と度胸があるのかも。だとしても、野良猫に喧嘩を吹っ掛けられる可能性もある。一緒にいてやらないと。
「ククリ、一緒に行こう」
猫と綺麗な月を見ながら散歩か。街灯が少ないからちょっと暗いけど、月明りだけで十分だ。それもまた風情があっていいじゃないか。
『はぁ、帰りたい』
あっ、まただ。もうなんでそんなこと思ってしまうんだろう。いい加減にしてくれ。おかしなこと考えるな。いや、待てよ。今のは、散歩を終わりにして早く家に帰りたいってことか。どうだろう。なんだかよくわからない。
「なあ、ククリ。不思議なんだけど、家にいても帰りたいって思っちゃうんだよな。今もだけど」
「それはそうさ。セイヤは地球人じゃないんだから」
「えっ」
誰だ。あたりに目を向けて、首を傾げる。変だ。誰もいない。
「どこ見ているんだ。ぼくだよ、ぼく。ククリだよ」
ククリだって。足元に目を向けると、ククリと目が合った。ニヤリと笑うククリにドクンと心臓が跳ね上がる。
「驚かせてごめん。実はぼくはセイヤと同じ星からやってきた宇宙人なんだ。猫だけど。まあ、そんなことはどうでもいい。いままで黙っていて悪かったよ」
どういうことだ。これは夢なのか。違うよな。
ククリは猫だ。言葉を話すわけがない。しかも宇宙人だって。ありえない。いや、ありえるのか。この世の中、宇宙人がいてもおかしくはないか。んっ、待てよ。僕も地球人じゃないって言っていた。同じ星からって。
そんなことって。
夜空を見上げて、小さくの息を吐く。あの中に僕の故郷の星があるのか。そうか、そういうことか。それで帰りたいって思うのか。僕が宇宙人だったなんて。無意識に感じていたんだな。僕はこの星の人間じゃないって。
あれ、なんで素直に受け入れているんだ。本当に僕が宇宙人だからか。心のどこかでやっぱりそうだったのかと納得しているのか。そうなのかもしれない。たぶん。
「あのさ、なんで今日になってぼくが真実を話したと思う。なんで、セイヤが急に帰りたいなんて思ったと思う」
「それは……」
「今日、お迎えが来るからさ。故郷に帰れるんだ」
「帰れる。故郷に」
「そうさ。あっ、来たよ。あそこ」
ククリの視線の先に目を向けると、確かに何かが近づいてくるのが見えた。いわゆるUFOか。
気づけば、目の前に円盤型のUFOが着陸していた。無音だった。凄過ぎる。
あっ、誰かが降りて来る。
えっ、猫。二匹の猫を先頭に、たくさんの猫が降りて来た。どういうことだ。
「セイヤ。悪かったな。一緒に帰ろう」
「この声は、父さん。それじゃ、隣にいるのは母さんなの。これってどういうこと」
「そうよ、母さんよ。わけあって、故郷の星に帰らなきゃいけなかったの。置いて行ってごめんなさい」
姿は猫だけど、間違いない。父と母だ。生きていたのか。ということは、僕も猫なのか。
「セイヤ、帰ろう。猫族の星、ニャスターへ」
僕はどこへ帰りたいんだろう 景綱 @kagetuna525
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