第2話
ヒサミに会えるかもしれないという期待感とキノクニーに何を言われるか分からないという不安感が複雑に入り混じった感情を抱えたまま、僕はキノクニーの大邸宅へリブローと一緒に向かっていた。
「なぁ、ヒサミは来るかな」
「どうだろうな、あそこの家も必死だからな」
「必死?」
空を飛びながら器用にリブロ―が指を指した。
「電子の森さ」
森というが、無機質な金属の塊のようなものが広がっていた。貴族フクロウの間では「電子の森」という名前で通っている不気味な森だ。
「森の中じゃ、僕ら貴族フクロウの店舗に来なくたって自分で本を探せるんだ。僕らにとっては脅威も脅威さ」
「カナガーのよりも大きいな」
カナガーにもポツポツと同じようなものが出来始めているが、アズマーンに出来た森は競馬場が2,3個入りそうな広さだ。
「あぁ、どんどん大きく育っている。僕の家が持っていたダマーチの店舗が一つ呑まれてしまったよ」
「それは気の毒な——て、ダマーチにはヒサミの家も店舗あったよな?」
「うちはカナガーにも店舗を持ってるから、ダマーチの店舗くらいはいいさ。だけど、ドゥ家はダマーチを中心にして展開しているからな。だから必死なのさ」
「そんな…」
友人の店舗が消えた事、そしてヒサミの店も危ない事を知り、僕は頭がごちゃごちゃになってしまった。それから一言も発する事なく、何となく気まずい雰囲気のままキノクニーの屋敷に着いてしまった。
ポーターに招待状を見せると案内役の使用人が現れて僕達を大広間へ案内してくれた。高そうなカーペットの上を、爪を引っ掛けないか僕は細心の注意を払って歩いた。ちょっと歩いただけで僕は少しくたびれつつあった。
広間には既に何羽かの貴族フクロウが集まって談笑していた。まだ、ヒサミの姿はなかった。
「あら、あなたも呼ばれてたの?」
ヒサミの代わりに、新緑のドレスに身を包んだジュンが声を掛けてきた。
「げ」
おい、リブローと助けを呼ぼうとしたが、既にヤツは逃げて他のフクロウと話し込んでいる。
「一応、婚約者なんですけど?その反応は傷つくじゃない」
「いやいや、まだ返事してませんし」
「そうだった?じゃ、今お願い」
「えぇ…」
「ふふ、あなたは本当に正直ね。今日は許すけど、返事は早く。ね?」
「正直ついでにお聞きしますけど、なぜ僕なんです?」
「答えならもう話したわ。正直さよ」
「でも、店舗数が釣り合いませんよ」
「関係ないわ」
そんな情熱的なアプローチ、僕の心が揺れてしまう。ジュンの家と合わせれば100店舗超え、そこの貴族フクロウなんていったら…ふふ…
「というか、関係なくなるの」
「へ?」
「あなたも見たでしょ?『電子の森』」
「え?あぁ、確かに店舗が消えるのは怖いですけど、それが?」
電子の森がこの国の店舗すべてを呑みこむ可能性はあるかもしれないけど、僕らが生きてる内にそんな事になるようには思えなかった。
「消えるのは店舗だけじゃない。貴族もなくなるの」
「貴族がなくなるって…」
「皆、店舗が呑まれていくことだけを心配している。でも、私が一番怖いのは人間に必要とされなくなることよ。人間に本と一緒に知恵、時には娯楽を授ける。それが私たち貴族の役割なのよ?」
「はぁ…」
それは確かにそうだ。
「『電子の森』では今では手に入らないような本すら読めるの。お父様から聞かされた本はどこも取り扱っていない。でも、『電子の森』では読めるの。紙魚に食われることもない。あそこの紙は変色しない。もはやあの森は、私たちを超えた存在になっている」
父が大切にしていた漫画を隠れて読んだことがあった。それは、黄ばんでかび臭かった。幼かった父が汚した跡が残っていた。せっかくならきれいな新刊で手に入れようと思ったが、どこにも売ってはいなかった。
「ねぇ、ブッコロー。貴族フクロウに大切な事は何?」
「人間を楽しませる事じゃないの」
考え事をしていたせいか、とっさに砕けた喋り方になってしまった。
「あなた、やっぱり変ね」
「失礼しました。人間たちを楽しませることが私たちの使命と存じます」
「そうじゃなくて。多くのフクロウはお金を稼ぐ事を第一に考えてるの。話題を作って人間たちに買ってもらおう、とかね。貴族たちの間で推す本を決める事だってあるのよ。あなたは誘われていないようだけど」
「さみしいことですね」
「でも、『電子の森』のせいで私たちの店に人間は来なくなる。話題を作ってもね」
「さみしいことですね」
「他人事みたいね。本が売れなくなるなら、使用人たちのお給金も払えない。みんなを路頭に迷わせることになる。森に呑まれる前に店舗を畳むことになるかもしれない」
「まぁ、人間が楽しければそれで良いんじゃないですか」
「既にあなたは貴族フクロウじゃないのね、ブッコロー」
「じゃあ、婚約破棄ですか」
「いいえ、だからこそあなたが必要なのよ。『電子の森』と共存するためにね」
「あー、みんないいかな?」
皆の視線が一点に集まる。主催者であるキノクニーがよく通る声で挨拶を始めていた。でも、キノクニーの話す事は全く僕の頭に入らなかった。共存という言葉が頭を占めていたからだ。
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