第3話

「・・・・・・・・・ね、ねぇ」


「ッ・・・」


 後ろから声をかけられ郁人は体が跳ね上がった。郁人が振り向くとそこには青色のワンピースを着た綾音が立っていた。さっき見た時よりも髪が乱れて綺麗に作られていた前髪はかきあげられている。


「え、センパイ?何で居るんですかですか」


「ダメだった?」


 綾音が上目遣いをして聞く。


(かっ、かわいい)


「ダメじゃないですけど、いつからいたんですか」


「あのー、叫んでるとこから」


(勘弁してくれはじめっからじゃん)


 郁人は恥ずか死してしまうくらいの勢いで顔が赤くなる。


 だが郁人には綾音がなぜ追いかけてきたのか疑問が浮かんだ。学校では誰にでも分け隔てなく優しく接する慈愛の女神と呼ばれるほどだから郁人にも平等に接しようとしているのだろうか。


「さっき勢いよく家出て行ったからさ私のこと嫌なのかなって。これから家族になるし仲良くしなくちゃいけないし。もしかして私たちと家族になるの反対だった?」


「い、いや全然そんなこと・・・ないです。だだ、突然なことで驚いたというか、相手がセンパイだったことに驚いたとうか・・・。本当にビックリはしましたけど家族になるのが嫌とかそう言うわけではなくてですね。逆に俺なんかが家族になっていいのかってそこが心配です」


「あはは」


 綾音がさっきとは打って変わったように笑いだす。大きな目が細くなり毛穴が一つも見えない白く綺麗な肌は太陽の光を反射している。綾音の周りだけ空気が浄化されているような気もする。


「よかったよかった、それなら時間をかけてでも仲良くなっていこうね」


「は、はい」


「ところで再婚の話はいつ聞いたの?」


「昨日・・・です」


「き、きのう!?言ってないとは聞いてたけどさすがに最低でも一週間前には言ってるかと思ってたわー。それなら今日の反応も納得だよ。お父さんもお母さんと似て少し抜けてるところあったからなぁ」


(お、お父さん!?)


 綾音が自然とお父さんと口にし郁人は驚きを隠せずにいる。それと同時にもうこの人は父のことを家族だと認識しているのだなと現実を突きつけられた。


「セ、センパイはいつからご存じだったのですか?」


 郁人は恐る恐る綾音に尋ねた。


「んーと花見は一緒に見に行ったから・・・4月?いや3月かも」


 なんとなくではあるが察しがついていた郁人だが半年も前とは思いもしなかった。しかも今年の開花宣言は例年より早かった。それを加味すると花見の最盛期は3月上旬のはずだ。


 1月や2月であれば郁人は高校受験があったため余計なストレスをかけないように内密にしていたのなら理解できるが3月は受験も終わり高校の合格も出てひと段落つき残すところは卒業式だけという落ち着いていた時期である。


 それなのにどうして何も言わなかったのか不思議に思うが何か意図があったのかもしれない。そこまで聞くのは野暮なことだろうと深い詮索はしないつもりである。


「こんなところで立ち話でもなんだしどこかに入ろっか。それとも家に帰る?」


「いやまだ外にいたい気分です」


 郁人がそう言うと綾音は快く承諾してくれた。


 2人はアンティーク感漂う雰囲気のいい喫茶店へと入った。どこに行くかとなり郁人があたふたとしていたら綾音がいいところがあるからと言いついたのがここだ。


 スマホの地図を見たわけでもなくこの道に精通しているかのやうに綾音は案内した。前はここより少し離れた隣町に住んでいたと聞いている。それなのに綾音には迷いがなかった。昔ここにでも住んでいたのだろうか。そう思わざるを得ないが実際のところはそんな事実はないだろう。


 バイトだろうか若い髪の明るい大学生に案内され店内の角に案内された。


「そ、そっちにどうぞ。俺こっちに座りたい気分なんで」


「ありがと」


 壁際のソファに綾音が座り郁人は対面になるように木製の椅子に座った。女の人をソファに座らすべしとネットで履修済みなのでいらない言い訳をしてしまったが上手く立ち回れたと郁人は満足げである。


「それじゃあ私はコーヒーで。ふみく・・・そっちはどうする?」


「俺も同じのでお願いします」


「コーヒー2つですね、かしこまりました」


 店員は手元の伝票にメモをしてカウンターへと帰っていった。


 2人の間に沈黙がはしる。


「そういえばなんて呼び合う?家族だしやっぱり下の名前かな?それとも私が年上だからお姉ちゃん?きゃー呼ばれたら嬉しいけどなんだかフクザツー」


「あはは・・・」


 郁人は苦笑した。


「俺のことはどうよんでもらっても構いませんから」


「なら郁君で!」


 郁人はその呼称にどこか懐かしさを感じた。店内の心地な良いコーヒーの匂いが鼻をくすぐる。


「じゃあそれで、お願いします」


 郁人がそう言うと綾音は嬉しそうに笑った。


「郁君はどうする?」


「いやー、僕はちょっと・・・家族になったとていきなり馴れ馴れしく下の名前で呼べないというか、烏滸がましいというか・・・」


 郁人は俯きがちにいう。郁人は自分では陰キャとまではいけないが決して陽キャではないことは自覚している。勿論、女の人にも慣れていない。そんな郁人にいきなり下の名前で呼ぶ勇気はない。しかも相手はあの綾音だ。


「むー」


 郁人が少し顔をあげると綾音が頬を膨らましていているのがみえた。郁人は再度下を向く。


(あぁ・・・またやっちまった。我ながら対応ゴミじゃん)


 女性経験無しの童貞にはネットで得た知識を1つこなすだけで精一杯だった。 


「怒ってます?」


「別に怒ってなんかないけど郁君がこんなに意気地無しなんて思ってなかったな。あーあ、あの時はキラキラしてたのに」


 呆れた口調に郁人は胸が痛くなる。


「あの時ってどの時ですか?」


「球技大会でさ私がボール拾った時に声かけてくれたでしょ?」


 郁人が初めて綾音と会話を交えたときだ。


「覚えててくれてたんですね。こんな印象にも残らない奴とのたった数秒の会話なのに」


「そりゃ勿論、郁君がかっこよかったからだよ?」


(かっこよかった!?俺が?)


 予想だにもしていなかった言葉に郁人は動揺する。あの綾音がかっこいいと言ったのだ。郁人は絢音の言葉を反芻する。驚きもあるが嬉しさが隠せず自然とにやけてしまう。


(ぜったいキモい顔してるわ)


 郁人は気を紛らわすためにさっきとどいたコーヒーを飲む。ほろ苦いく香ばしい味が口に広がる。


「あっっつ!にっっが!!」

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