第9話
「ねぇねぇ、郁人君。久しぶりに一緒にゲームしよ?」
昼食を終え、部屋で椅子に座りながらコーヒーを飲んでいる郁人に向かって綾音がこれでもかと上目遣いをして言った。綾音はパジャマ姿で髪はおろしている。いかにもオフの学校だ。その手にはコントローラーが握られている。まるで構ってほしい犬のようで可愛いと郁人は思ってしまった。
今日は土曜日で明日も休みなので元々郁人は夜中までゲームをする予定だった。だが今日は配信をする予定であり今はもう昼過ぎだがもう少し睡眠を取ろうと思っていた。
「・・・・・・だめ?」
郁人が長い間考えているので綾音が可愛らしいが寂しそうな声で呟く。郁人はドキッとして思わず目を逸らし斜め上を見始めた。
「うーん・・・・・・」
綾音とゲームをするのは久しぶりなので一緒にしたい気持ちもあるが寝たい気持ちもあり郁人は葛藤する。
「えーどうしような。・・・・・・うーん」
素直に夜に配信するから寝たいと伝えればいいのだが生憎郁人は配信をしていることを家族の誰にも言っていない。身内バレほど恥ずかしいものはこの世にないと思っているくらいだ。時々、ゲームに夢中になり大きな声を出したり思いっきり台パンをかますことがあるが何かあったのかと心配されるだけでまだバレてはいないだろう。
「今日じゃないとダメですか?」
「明日は学校に行かないと行けないから今しかできない」
郁人が眉に皺を寄せると、綾音が腕に飛びついてきた。
「うおっ」
それと同時に綾音のフローラルな香りが郁人の鼻腔を擽る。甘い香りに脳が刺激され頭がクラクラしてくる。さらに追い討ちをかけるように豊満な双丘を押し付けて来た。郁人の思考は完全に停止した。とても柔らかいそれに腕が包まれ頭に血が昇っている。血管が切れそうだ。
「ねぇ、だめ?いい、よね?」
綾音の細く吐息の混じった甘い声は郁人の頭の中をグルグルと回る。
「う、うん・・・・・・」
抗うことさえできなかった。
「じゃあ、準備してくるね」
綾音は嬉しそうにスリッパの音を立てながら部屋を出ていった。嗅覚と触覚が刺激されすぎて聴覚が鈍くなっている郁人には遠くからなっているかのように聞こえた。
綾音の甘美な匂いはまだ部屋の中に漂っている。郁人は数十秒動けず虚ろになっていた。
(先輩の天職ハニートラップなんじゃ)
数回では足りず数十回深呼吸をして漸く落ち着いた郁人はリビングへと向かった。リビングのドアを開けるとそこには髪を後ろでしばりジャージ姿の綾音がいた。
「着替えてどうしたんですか?」
「たくさん動くからこの格好の方がいいかなって」
ゲームの設定をしているのかテレビの前に座っている綾音が答えた。
ゲームなのに動く?キャラと同じような動きをするってことか?いやそんな事で着替えないよな。郁人がそう思っていた時、綾音が輪っかのようなものを取り出した。郁人は気づいた。
それは、少し前流行っていたフィットネスソフトのものである。だが、元々家にこれはなかった。ということは綾音が買ってきたのだろう。
「先輩が買ったんですか?」
郁人は一応のため聞いてみた。
「YouTubeでこれの実況動画が出てきて知ったんだ。夏休みご飯食べに出かける事多かったでしょそれで痩せないとって前々から思ってたし今度は体育祭もあるでしょ」
「俺は太ったかもしれないですけど、先輩はそんな事ないでしょ」
「乙女に体系の話はタブーだよ。郁君もいい機会だし運動しよ」
そう言いながら設定を終わらせた綾音がソファに座っている郁人の横に座った。
「1人づつしか出来ないし、じゃあこっちを手に持ってこれは太ももにつけて」
そう言って綾音は専用の器具に付けられたコントローラーを渡してきた。
「俺からですか?先輩からやるんじゃ」
「このゲームよくわかってないからお手本見せてほしいな。郁君ならできるでしょ」
「まぁ、出来ますけど」
「さっすがー」
「褒めても何も出ないですからね!じゃあ始めますよ」
郁人はこのゲームの配信は少し見ていたのでやり方はわかっていた。チュートリアルを飛ばして1ステージ目をやり始めた。画面の指示に従い腹筋や屈伸をして、モンスターを倒していく。
「先輩、もうギブ・・・・・・変わってください」
3つほどステージをクリアしたところで郁人の息は上がってしまった。
(これマジでやばい、配信見ててキツそうだったけど想像以上だ)
「郁君雑っっ魚、運動得意じゃなかったっけ?男の子なのにそんなんじゃ頼り甲斐がないぞー」
郁人からコントローラーを受け取った綾音が煽り口調で言う。郁人はテーブルに置いてあるジンジャーエールを一杯飲んだ。
「ゴホッ」
まだ息は上がっているので案の定むせてしまった。郁人はコップをテーブルに置くと倒れるようにソファにもたれかかった。
綾音は郁人から受け取ったコントローラーを太ももにつけて、ゲームを始めた。綾音の顔はやる気に満ちているので難無くこなすのかなと郁人は思っていた。
・・・・・・数分後・・・・・・
「・・・・・・郁君、水、水ーーー!ジュースじゃダメ!水じゃないと死んじゃうーー!」
「・・・・・・」
綾音はぜぇぜぇと息を切らしながら郁人に助けを求めている。綾音の頬は丸く赤くなっており、額にはうっすらと汗が浮かんでいる。
床に倒れるように伏せている綾音は酸素供給が追いついてきたのか呼吸が落ち着いてきたが代わりに艶かしい呼吸をするようになった。色気のある息づかいに郁人はドキッとする。
綾音は2ステージでダウンした。1ステージ目が終わったところで息は切れ雲行きは怪しかった。前の郁人を見ていたのでプレイ自体は操作に戸惑う事はなかったがものの数分でいつもの綺麗な姿勢が崩れて膝に手をつき前屈みになっていた。
「・・・・・・どうぞ」
郁人が台所まで行ってコップに水を汲み綾音に差し出した。綾音はそれを受け取ると急いで口に運んぶ。水を勢いよく飲み干すと「ぷはぁ」と大きな声で言った。
「やっばい、生き返る・・・・・・」
「先輩さっきの威勢はどこにいったんですか。あんなけ煽っときながら先輩の方ができてないじゃないですか」
「思ったよりキツくて・・・・・・郁君も分かるでしょ?
「分かりますけどちょっと体力無さすぎでしょ。先輩は運動神経もいいって聞いてますけど」
「運動神経がいいのと体力があるのは違うじゃん!あー郁君が意地悪してくる!」
「てかこれどっちかというと筋トレじゃん。か弱い女の子に筋肉求めるのも酷な話だよ!それに比べて郁君は男の子なのに私と1ステージしか変わんないし全然筋肉ないんじゃないの?男の子の魅力としてそれはどうなのかな。それじゃモテないよ」
さっきの反撃と言わんばかりに綾音は言った。確かに郁人には晶みたいな筋肉はないが中学生の頃の貯金がまだありうっすらとは腹筋が割れている。
「好き勝手言ってくれますね。じゃあいいですよやってやりますよ貸してください」
うまく綾音の煽り節に乗せられた郁人はそう言い綾音の持つコントローラーを奪うように取った。
「これでも中学生までは運動部に入ってたんですからね目にモノ見せてやりますよ」
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