第8話

「キミ1人?誰かと待ち合わせ?」


 綾音は読んでいた本を閉じて顔をあげる。


 いかにもチャラそうな男が声をかけてきた。

「暇なら俺たちと遊ぼーよ」

「そーそー絶対に楽しませるから」

「・・・」


 ベンチに座ってる綾音を取り囲むように金髪の男たちが立つ。


「ねーねー無視しないでよ」

「・・・嫌です」


 綾音は男達を睨みつけながら言う。


「そんなに怒んないでよただ誘ってるだけじゃんか」

「でも可愛い子に睨みつけられるのも唆るな!」


 それもそーだなと男達はギャハハと笑い合っている。


「それでどうするの?」

「・・・」

「つれねーなー」


  すれ違った人が思わず振り向くくらいの容姿である綾音にとってナンパは慣れたようなもんだ。いつもは無視か断るとすぐに去っていくが今回は粘着質である。


 赤信号もみんなで渡れば怖くない精神と似たようなものなのだろうか。男達は互いにニヤニヤと笑ってる顔を見合っている。綾音からしたら気味が悪い。


「てか本当に可愛いね。俺こんな彼女ほしー」


 1人の男が綾音の顔を覗き込みながら言った。


(お前みたいなやつに言われても嬉しくないんだけど)


「・・・はぁ」


 綾音は呆れてため息をついた。


「あ゛?」


 覗き込んできた男が綾音のため息に反応したのか声を荒げた。男の顔は少し引き攣ってる。


「なんですか?」


 綾音が鼻で笑いながら煽り口調で言う。


「お前なめてんのか?」


 男は怒声をあげた。


「すぐ感情的になる人はモテませんよ。あっ、モテないからこんなことしてるのか。ごめんなさいね」


 綾音は吐き捨てるように言った。男の顔はプルプルと震え始めた。


「大人をなめたらどうなるか分からせてほしいらしいな」


  男は完全に怒っている。目を見るだけで冷静でないことが分かる。


 そうして男は綾音の手首を掴んだ。


「やめて、触らないでよ!」


  綾音が叫ぶが男が離す気配は全くない。


 綾音が助けを求めようと辺りを見回すが綾音が来た頃にいた人たちは皆いなくなっている。親子が多くこの男たちを見て子供が怖がると思い何処かへ行ってしまったのだろうか。


「お願いだから離してよ!」


 綾音は抵抗すべく腕を振ったり引いたりするが男の掴む力が強くなる一方である。女である綾音が男に力で勝てるわけがなかった。


「あんたが大人しくついてこればいいだけの話だ」

「・・・っ。お願いだから」


  さっきの口調はどこに行ったのか弱々しく呟いた。

 

 綾音の目には涙が揺蕩う。痛みも当然あるが恐怖の念綾音の頭を占めている。さっきまではしょうもないと思っていた男達が今ではとても大きく見える。隙間のない壁のようだ。


 綾音の手を掴む男の隣にいる男達は相変わらずニヤニヤと笑いながら綾音をみている。


「ちっ、早くこっちこいよ」


  そういうと男の手にさらに力が入り、綾音を引っ張った。


 綾音の体が浮かんだその時だった。


「こんな所にいたのか。全然見当たらないから先に帰ったのかと思ったよ」


 綾音の後ろから声がする。郁人だ。


 郁人は立ち上がられそうになっている綾音の肩に手をかけて言った。


「え、どうして?」


 困惑している綾音に郁人はごめん遅くなったとだけ答える。


「お前誰だよ。俺たちは今この子にようがあるんだ部外者はどっか行けよ」

「俺はこの子の彼氏だ。人の彼女に何手出してんだよ」


 郁人は男たちを睨みつけながら言う。


「それと早くこの手離せよ。お前みたいな汚い奴が触っていいものじゃないぞ」


 そういい郁人は男の腕を掴み綾音の手首から引き離した。


「・・・だまっ」

「あーそれと上見れば分かるけどあんた達がうるさくするから色んな人が見てるよ。このご時世だから1人くらい動画撮ってるかもね。もしかしたらネットに晒されちゃうかもね」


  綾音は郁人の指を差す方向を見ると騒ぎを聞きつけたのか人だかりができている。


「早いとこ行ったら?」


 郁人がそういうとバツが悪くなったのか男達はそそくさと行ってしまった。


「ふぅ・・・大丈夫、ですか?」


 郁人は息をつき綾音の前にしゃがみ綾音に尋ねると綾音は下を向いたまま頷いた。


 ここまで弱々しい綾音の姿を郁人は初めて見る。家の中では違えど外での綾音はいつでも冷静に物事を対処し常に大人の余裕さを持ち合わせていた。


「先輩これ、涙拭いてください」


 そう言うと郁人はポケットからハンカチを取り出して綾音に差し出す。生憎、自然に拭いてあげる気兼ねさは持ち合わせていなかった。


 綾音は自分が涙を流していることに気が付き顔を赤らめながら慌ててハンカチを受け取り涙を拭くと俯いてた顔をあげた。


「ありがと。郁君がきてくれてなかったらどうなってたことか。あの類のナンパは慣れてるはずなんだけど変に突っ掛かっちゃった」


  綾音ははにかみながら微笑んで言う。


 いつもの口調で安堵した声色に郁人はほっとし胸を撫で下ろした。


「でも何でここに?」


「さっきまで晶といたんですけど今日は暑いし早めに家に帰ることになりまして、駅に入ろうとしたらうるさい笑い声が聞こえてきまして思わず振り向いたら金髪の男達に先輩が囲まれてるもんだから慌てて来たんですよ。何とか間に合ったみたいで良かったです。俺が来て嬉しかったでしょ。感謝してくださいよ」


 冗談めかしく郁人は言った。


「うん!嬉しかった。ありがとね」


  調子に乗ったことをすぐに謝る準備をしていた郁人だったが思わぬ返事に驚いた。それに加えて不意に可憐な笑顔を浮かべる綾音にドキッとする。


(やっぱり先輩の笑顔、破壊力やばすぎるって)


「せ、先輩こそ何でここにいたんですか。てっきりもう帰ってるかと思ってました」


 郁人は吃りながらも照れ隠しのために綾音に尋ねた。


「本読んでたらこんな時間になっちゃってた」


 綾音はテヘっと小さな舌をだし笑いながら答えた。


 いつもは見せない綾音の表情に郁人の心臓はうるさく鳴っている。


「郁君、私お腹すいちゃった。何か食べたいな」

「俺、さっき食べたばっかなんですけどね」

「大丈夫!郁君、男子高校生じゃん。ハンバーガー1つじゃ足りないでしょ」

「何でハンバーガー食べたって分かるんすか。え、怖、怖すぎますって」

「郁君のことだったらなんでもわかっちゃうんだよね」


 ふんっと綾音は自慢気にドヤ顔で言った。


 確かに、夏休みに綾音が郁人の事を知りたいと言って郁人をよく外に連れ出していた。そのため、郁人の好きなことのほとんどは綾音に知られている。


「じゃあ、駅でサンドイッチだけ買ってもいい?」


 郁人が頷くと綾音は足早に店の中へ入っていった。


 暫くするとサンドイッチが入っている袋を持った綾音が出てきた。待っていた郁人に気がつくと手を振りはじめた。その顔にはさっきの出来事があたかもなかったかのような笑顔を浮かべている。


「いいのが買えたんですか?」

「メインがエビアボカドにブレッドはウィートでしょ、それでタマネギ増量のピクルスもだ、エビを追加してドレッシングはバジルソースとマヨネーズのダブルにしたの」


 嬉しそうに綾音は指を折りながら答える。


「エビがメインなのにエビ追加?増量しまくりだしドレッシングってダブルにできるの??」


 郁人も偶にここによってサンドイッチを頼むがあらかじめ組み合わさっているものしか頼まない。カスタマイズを一回試してみたことがあったが、何ができて何ができないのか把握していなく店員の前でしどろもどろになり恥ずかしい思いをした。それ以降郁人はカスタマイズの苦手意識ができてしまっている。


「あれ、郁君ここに来たことなかったっけ?」

「普通に来ますけど、カスタムしたことないんですよね」

「そうかな?カスタマイズできるところがここのいい所なんだけどな。てか、カスタムしたことない人聞いたことないんだけど、もしかして、、できないの?」


 何かに気づいた綾音は次第に口角を上げていく。


「ちっ・・・ちがいますよ。全然そんなことないですからね!ただ、そのままでいっかなーとか思ったりして・・・あはは」

「じゃあ今度の休み一緒に二郎系ラーメン食べに行こっか。ちょうど郁君と出かけたいと思ってたし」


(ギクッ・・・・・・)


 素人が店に入った瞬間に飛び交う呪文に圧倒されるといわれているあのラーメン屋だ。郁人はゲームの中で呪文を唱えることはあっても現実で唱えたことはない。


「・・・許してください」


 郁人は俯きながら嘘をついた事を謝った。


「もう、出かけるのは決定事項だから」


 綾音は微笑みながら言う。


 そうして2人は改札を通りホームへ出た。するとちょうどタイミングよく2人が乗る電車が来ていた。


 2人は窓を背にして隣同士に座る。


「言いそびれてたけど今日の郁君かっこよかったよ。本当は怖かったんでしょ。口調は強がってたけど足とか手微妙に震えてた。ありがと、体張ってくれて」


 さっきまでサンドイッチの入った袋を支えていた手は郁人の手の上に重ねられている。


(やっぱり先輩には敵わないな・・・)


 郁人の頬が赤らむ。綾音が自分のことをしっかりと見てくれていてわかってくれている。そう実感した。


「でも、何で彼氏にしたのかな。別に先輩とかお姉ちゃんとか本当のこと言えばよかったのに」

「あれは、咄嗟に口から出ちゃっただけですから!全然変な考えがあったとかそんかと一切ないですからね」


 郁人は念を押して言う。確かに綾音の言う通りである。何で咄嗟に彼氏と言う言葉が出てしまっていたのか郁人にもわからなかった。


(漫画とかはよく彼氏って言ってるし、その方が相手も諦めやすいからだ。そうだそうだ)


 郁人は自分に言い聞かせる。


(でも、先輩嫌だったぽかったからこれからは気をつけないとな。でも、今日は先輩を助けられたし結果オーライ)


 その時だ。


「・・・私は嬉しかったけど」


 綾音が小さくつぶやいた。だが声は電車の音にかき消され郁人には届かなかった。

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