第5話
郁人と綾音が仲良くなるのに時間はかからなかった。家族になるまで関わりこそなかったが郁人の性格と綾音の人柄の相性が良かったのだろう。
郁人は基本めんどくさいことは避け、おもしろそうだと思ったことは進んでやるという質だ。ゲーム配信だって元々よく見ていた配信者が居てその配信者が楽しそうにやっているのを見て興味本位で始めた。ここまで人気になることは想定していなかったが、郁人自身も楽しくリスナーも好んで配信をみてくれているので郁人にとって配信業が生きがいの一つといっても過言ではないくらいだ。
「郁君、朝だぞー。夏休みは昨日で終わったんだからしっかりしてよね。もーこんなに可愛い子が朝から起こしに来てくれてるのに起きないとは何事かなー?」
「……スウ……スウ」
「…起きないのが悪いんだからね」
綾音がそういうとベッドが軋む音がしだした。
「朝起きない不良にはこうだ!!」
「うああああああ」
郁人が耳に違和感を覚え思わず体を起こすと隣にはベッドに身を乗り出している綾音がいた。綾音は綺麗に整えた髪を後ろで一つに束ねており、制服を身に着けている。
(なにしたんだ)
郁人は生暖かくなっている左耳に手を当てる。
「ほら、時間だよ起きて」
そう言いながら立ち上がった綾音を郁人は見上げる。そこには制服のボタンがはじけてしまいそうなくいらい自己主張の激しい双丘があった。
「郁君のえっち」
郁人の視線に気づいた綾音が恥ずかしそうに…ん?にやにやと不吉な笑顔で言った。
「ち、違うし、見てない見てない何も見てない!」
「顔、赤いよ」
「……っ!!」
熱くなっている顔を触る。
「てか、ちゃんと起きるから出てってくれます?」
早口に郁人が言う。
「はーい」
仕方ないなー。そんな声が聞こえてくるのは気のせいではないだろう。そう言って綾音は部屋から出ていった。
(朝から、カロリーえっぐ)
落ち着くためにも郁人は深呼吸をする。毎日とはいかないが一週間くらい前からちょくちょくこうやってちょっかいをかけにやってくる。学校での姿を知っている郁人にとってこれは意外過ぎる一面である。学校では華憐としていて大人しい雰囲気をしている。同級生に家での先輩はこうだと言っても誰一人として信じないだろう。
制服に着替えた郁人は顔を洗ってリビングに向かう。
「郁人君おはよう」
キッチンに立っている紗良は郁人に気がつき挨拶をする。夏休みの間何度も見たので郁人も紗良が自分の家で料理している光景には少しづつ慣れていっている。
「紗良さんおはようございます。父さんはもう会社行った?」
「ちょっと前に出ていったわ。そんなことよりもうそろそろお母さんって読んでくれないかしら」
「はは・・・・・・」
郁人は苦笑をする。
「お母さん、郁君が困ってるじゃない」
椅子に座りながらコーヒーを飲んでいる綾音が言う。
「ごめんなさいね、でも私もっと郁人君と仲良くなりたいのよ」
紗良は少し拗ねた声をしていう。
そんな話を二人がしている間に郁人は椅子に座る。
(今日も美味しそうだな)
テーブルに広がる料理たちを見て思う。郁人が太閤と二人で暮らしているときは簡単に味噌汁とご飯しか食べていなかった。
「いただきます」
郁人が朝食を食べようとした時、何かが足に当たる。テーブルの下を見るとそこには程よく肉がついているが細く長い足があった。前に座っている綾音が郁人の足をつついていたのだ。
郁人は顔を上げると綾音と目が合った。
「私もお・姉・ち・ゃ・ん・って呼ばれたいな」
ふふふっと笑いながら綾音は口の横に手を添え郁人にだけ聞こえるよう小さな声で言う。
「…っ!」
郁人の鼓動が速くなる。それと同時に顔も熱を帯びてきた。
言った張本人である。綾音は悪戯顔で郁人の方を見ている。まさにクソガキである。だが、かわいらしさを含んだその顔に郁人は何も言えないのである。
(何しても許されると思ってるのか?はいそうですその通りですそんな顔されたらなんでも許しちゃいまーす。ほんとに存在自体がずるい)
郁人は心の中で叫ぶのであった。
「じゃあ、私さきに学校行くから郁君も遅れないようにね。お母さんもいってきます」
綾音は空になったマグカップをテーブルに置き、カバンをもってリビングから出ていった。
「そういえばあなたたち本当に仲良くなったわよね」
綾音を見送り箸を進めていた郁人に向かって紗良が言う。
「ほんとはね心配だったのよ。あの子あまり感情を表に出さないし、学校ではそれなりに上手くやってるらしいけど」
(いやいや嘘でしょ。めちゃくちゃ表に出してるじゃん)
郁人は口に出しては言わなかった。
「それに、あの子って私に似てかわいいじゃん?郁人くんのこと全然知らなかったから変なことされないか不安で。今となってはとってもいい子だってちゃんとわかってるけどね」
取り繕うように付け加えながら紗良は言った。
「それも全部、顔合わせしなかった父さんが悪いんですよ。てか、再婚するのだって前日に言われましたからね。やばいですよあの人ほんとにあんなんでよかったんですか?」
「ふふ、それもそうねあの人少し抜けてるとこもあるし。でもそこがいいところなのよ。母性が湧くというか、私がいないとダメそうで」
惚気だ。紗良は太閤のことになると聖母のような顔をする。
「でも、太閤さんと比べて郁人君は本当にしっかりしてるわよ」
褒められた郁人は笑顔になった。
確かに、あんな父を持つとしっかりとなるのも当然だ。いざとなったときは頼りになるのだが基本どこか抜けている。天然なのだろうと思うがそのせいで幾度となく郁人は振り回されてきた。
そんな太閤を郁人は今まで支えてきたが今となっては紗良がいる。紗良は見た目おっとりとしていてどこか太閤と似たような雰囲気であるがやるべきことはきちんとこなす出来た人である。この人が太閤の側にいるので郁人も安心して過ごすことができている。
父親が再婚して生活が180度変わった郁人であったが今まで感じたことない幸せに包まれながら生活できている。
「そんなことより、もう8時よ」
(やべ、遅刻する)
郁人は残りのご飯を流し込み紗良にいってきますとだけ言い家を後にした。
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