不可思議

いずも

第1話

 深夜徘徊は良い。

 眠る町、世界に一人だけの感覚、昼間と違う空気、本の表紙カバーの内側を覗き見るようなワクワク感。


 学生の頃など深夜12時まで営業している店でアルバイトしていたものだから、そもそも帰り道はいつも深夜だった。真夜中への恐怖心というものはこの時期に消え去ったのだと思われる。


 イベントやライブ、旅行などで様々な都府県(具体的には東京埼玉神奈川千葉と沖縄以外の関東以西の府県ほぼ全て)を訪れたが、宿泊する際は必ずと言っていいほど深夜に歩く。居酒屋帰りにホテルに直行など勿体ない。行かなかったのは山の上の旅館に泊まった時くらいだろうか。さすがに獣に襲われて翌朝死体で見つかるのは御免こうむる。

 もしも自分が容姿端麗なうら若き乙女であったなら厄介事に巻き込まれたかもしれないが、幸運なことに今まで一度も事件が起きたことはない。日本は本当に安全だと思う。


 深夜徘徊するなら断然東京が面白い。やはり東京は別格だ。

 普通は「表の昼(賑やか)」と「裏の夜(静か)」だが、東京の場合は「表の昼(賑やか)」と「裏の夜(賑やか)」で見た目が同じパラレルワールドに迷い込んだ感覚に陥る。不夜城という表現が本当に似合う。まあ深夜徘徊に求めているものが全く違うではないかという話ではあるが。


 そういう光景もコロナ禍で変わってしまったのだろう。コロナ禍になってから東京で宿泊したことがないのでどう変容してしまったか伺いしれないが、時短営業していた頃は大阪の繁華街ですらそれは静かだった。私の町など冗談抜きに車すら走らぬまっさらな夜があった。孤独な夜ふかしというものは案外つまらないのだ。


 公園で塞ぎ込んでいる者、大の字で路上に倒れている者、血まみれで商店街を片足引きずり歩く者。彼らのストーリーはわからないけど。

 今年本当に久しぶりに東京で宿泊する。何かが変わりそうな夜が来るかもしれない。

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不可思議 いずも @tizumo

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