第23話 別荘②

「それにしても、よく二人に案内を任せたなぁ……」

「と、おっしゃいますと?」

 太ももの上に未だカレンが乗る中、この独り言を拾うリフィアがいた。


「あ、ああ……。普通、この手の案内って男にさせたりしないのかなって。異性だとなにされるかわからないどころか、俺の素性だって知ってるわけじゃないだろうし」

 そんなリスクがある中、愛娘まなむすめに任せている公爵である。

 謝意を伝えるにしても過剰だと思える。


「ふふ、確かに本来ならば駆り出されることはありませんね」

「そうねー。素性もわからないものねー」

「だ、だろう?」

 棒読みになったカレンだが、興味のない話題なのだろう。


「お父様はなんの考えもなしに動く方ではないので、それだけ信頼に足る人物だと判断されたのだと思います」

「なるほど……。さすがは公爵様で」

 甲冑で容姿を隠していたのにもかかわらず、その判断ができたのは、それだけ人を見てきたということだろう。

(さっきは本当にとんでもない人と対面してたんだな……)

 思わず身震いしそうだったが、定位置と言わんばかりに上に乗っているお嬢様がいる。なんとか我慢する。


「そもそもあなたが私のこと助けてくれたでしょ? 大事な薬まで使ってくれて。信頼するに決まってるじゃない」

「それも……一理あるな」

「ふんっ」

(な、なんかこう言うのはカレンらしいな……)

 納得させることを言わなければ父親の格が上がっていただろうに、と。

 それを理解していても伝えてくれたのは、強がっている返事でなんとなくわかる。

 感謝をしているということだろうか。


「……」

「……」

「……」

 少し頭を働かせていると、会話が止ったことに気づく。

 静寂の中、『ペチペチ』と音が響いているが、これはカレンが鎧を叩いている音である。


「そ、そう言えば聞き忘れてた。二人はいつ頃帰る予定なんだ? 案内が終わったらすぐに帰ってこいみたいな指令は出てないのか?」

「『日が暮れる前には』って言ってたわよ」

「それは最低でも、、、、だろ? 最低を攻めると心配するぞ、親が」

 一応、日が暮れるまでには帰ってほしいとは思っている。安全のためにも。


「……あ! 漆黒様。もしよろしければ夕食は我が家で取りませんか?」

「いや、それは遠慮しておく」

「え? なんで断るのよ。豪華なお食事が出されるわよ?」

「まあいろいろあるんだよ。気持ちだけ受け取らせてもらう」

(本当に勘弁してほしい。それだけは)

 公爵一家に混じって食事なんて、お金を渡されても行きたくはない。

 座り方一つ様になっている二人なのだ。テーブルマナーに関しても猛者の領域に立っているだろう。

 恐ろしい空間であるのは想像するまでもないのだ。


「本当に多忙な日々なのですね」

「ま、まあ一応……」

 嘘をつくのは申し訳ないが、『マナーがない』という醜態を晒すわけにはいかない。その場で怒られたくもない。


「……ねえ、一つ言っておくけど、この街を離れる時はあたし達のところに寄っていきなさいよね。いつまでに戻ってくるとかも報告をすること」

「嫌だよ」

「なんでよ!」

(公爵様に会うのが怖いんだよ)

 もちろん本心は言えない。

 ディゴート公爵も公爵でこう思っていることは知らない。


「なんでって言われても……なにかと困ることがあってな。それを教えるのは」

 不思議なことだが、この二人は引いてくれるのだ。なぜか追及もされないのだ。

『なにかと』『いろいろ』そんな濁したことを言うだけで。


「カレン、こればかりは仕方がないわよ」

「もう……。じゃあできるだけ長くいなさいよね。この街に」

「それはもちろん。いい街だし、観 光やることもあるから、しばらくはこの街にいる予定だ」

(まだ俺のことを探している権力者もいるしなぁ……)

 逃げたりしたら起こるかわからない。街を移動するにしても、ケツを拭いてから移動するべきだろう。

 気が重い。


「——って、なん……だ? そのジェスチャはー?」

「なっ、なんでもございません!」

 頭を一瞬下げた時、見えた。

 リフィアがカレンに視線を送りながらやっていたのだ。


 大きなボールを両手で掴むようにして、引っ張り上げるような動きを。

 それを見る妹は、首をブンブンと横に振っていた。


「本当なにしてるんだ……?」

「姉様が指示してきたのよ。『あなたのかぶとを引っ張り上げてみて』って」

「っ、カレン!!」

「え? ハハッ。案外強引なところあるんだな。タイミング的に絶対違うだろうに」

「も、もぅ……。カレンあとでお仕置きだから……」

「ふーんだ。今のは絶対姉様が悪いわよ」

 小さな顔を両手で覆いながら最後の足掻きを見せているリフィアに、正論を言うカレン。

 本当に微笑ましい光景。


(こんなに仲良い姉妹もいるんだな……)

 二人が口喧嘩に発展した時は、水を挟まないように決めた瞬間でもあった。



 * * * *



 それから——雑談を含めて1時間と少しが経っただろうか。

 夕焼けになる前の時間帯。


「今日は本当に助かった。ありがとう」

「こちらこそ楽しい時間をありがとうございました」

「お尻が痛い……」

「そりゃあんだけ固い場所に座ってたらそうなるだろ……」

 馬車に乗る二人を見送る。


「今回の礼金と、後ろ盾となる紋章印のお渡しは明明後日しあさってになるかと思いますので、その際には改めて私達が伺いますので。その際に別荘の管理形態などもう一度お話できたらと」

「了解した」

「じゃあ次会う時まで元気でいるのよ」

「お互いにだからな?」

「う、うん……」

 その会話を最後に馬車の扉が閉まり、御者の手によって馬が歩き出す。

 手を小さく振れば振るだけ、馬車がどんどんと遠ざかっていく。


「……さてと」

 そんな呟き。

 タイミングで兜を取り、素顔を露わにしながら姉妹が残った馬車を最後まで見送るのだった。


(な、なんか見たそうにはしてたもんな……)

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