第24話 とある赤髪姉妹③

「本当、あっと言う間ね」

「……もっと居たかった」

「ふふ、それは私もだわ」

 馬車の外からご丁寧に見送ってくれる漆黒。

 そんな彼に手を振り返しながら、こんな会話をする姉妹がいる。


「偉い御身分でしょうに、どうしてあんなにも大らかなのかしら……」

「そんな人じゃないとヴェルタールに所属できないんじゃない? 多分だけど」

 公爵家は断定して接している。漆黒が帝都直属の暗躍組織に属している人間だと。

 その結果、ディゴート公爵は神経をすり減らしてやり取りをしたわけである。


「って、姉様が長く居たかった理由ってあの人の顔を見るためでしょ」

「あら、バレちゃった?」

「あんなジェスチャーする姉様を見たのは初めてだったし、気を許しすぎよ」

「カレンのことを助けてくれた人なのよ? 気になるじゃない」

 漆黒を椅子にしていた人物が『気を許しすぎ』なんて言える立場じゃないのは間違いないが、それを突っ込まないのはリフィアの温情である。


「いつかお顔を拝見できる日が来ると良いのだけど……」

「……お家帰ったら、絵で教えてあげるわ。仕方がないから」

「カレンの絵は個性的だから参考に……」

「姉様の方が下手くそでしょ!」

 振る手を止めることなく、彼に視線を送り続けながら言い合いをする二人。

 そんな矢先だった。

 なんの前触れもなかった。


 兜に手をかけた漆黒は——カポッと取ったのだ。

 まるで馬車内の会話が聞こえているように、『はいはい、喧嘩しない』と、言い合いの原因を払うかのように。


 彼の奇行に気づいたのは、同じタイミング。


「ね、ねねね姉様! あの人なんか取ってるわ!!」

「……」

「……ね、姉様?」

 同じテンションになるはずの人が、そうなっていない。

 カレンは反応のない隣を見る。

 そこにいるのは……目を見開いて、小さく口を開けて、石のように固まっている姉。


 優しい目元には刀傷があり、若さがあってヤンチャしてそうな——彼の素顔。

 予想とは違った漆黒の面を一秒と欠かさずに目に焼き付けるリフィアは、途端に笑い声を漏らすのだ。


「ふ、ふふふっ、まったくあの方ったら……。最後の最後まで私をからかって……」

「か、からかう? どういう意味なの?」

 話についてこられないのは当たり前。あのこと、、、、は誰にも言っていないリフィアなのだ。


「……信じてもらえないかもだけど、私、あの方と顔を合わせていたわ」

「へっ、どこで!?」

「カレンが迎えに来てくれた時計塔の中で。その時はあの甲冑をしていなかったから、気づけなかったの」

「っっ!!」

 今度はカレンが驚く番である。


「……これって偶然なのかしら」

「さ、さすがに偶然でしょ。あの場所を利用する人はいないも同然だけど、姉様が時計塔の景色が好きなこと誰も知らないんだから。馬車だって一般的なものを使っているわけだし」

「でも、あの方ならそうは言えないような気がするの……」

 正義の組織として暗躍しているヴェルタールである。

 その組織力は計り知れず、どんな情報でも集めることができると聞く。


「私が時計塔に足を運ぶことを知っていて、足が良くなったカレンが迎えに来ることを想定していたのだとしたら……時計塔からこっそり見られるでしょう? 街で別れた後のカレンの様子を」

「つ、つまりあの人はあたしを気にかけてくれたってこと……?」

「私にはそうとしか考えられないわ。だって、すごく優しい方なんだもの」

 口数が少なくて、ややぶっきらぼうな人でもあるが、リフィアは知っている。

 幻の万能薬を使ってもなお、カレンのことを気にかけていたことを。

 そうでなければ言わないのだ。


 貴重な万能薬を独断で使い、上の立場から叱責があったはずなのに、

『まあ人のことを気にするより、今までできなかったこととか、我慢してたことを思う存分楽しんでくれた方が嬉しいんだぞ? 俺の問題は俺が解決するんだし』

 と、カレンの罪悪感を払えるような言葉をかけていたのだ。


『あの薬はお前を無理させるために使ったわけじゃない。俺の前では失礼でいてくれていい』

 こんな恩に着せない言い方をしていたのを、この手の理由があったからなのかもしれない。


 ——もしかしたら、時計塔にいたことだって、カレンを攫った残党がいた時のことを警戒してくれていたのかもしれない。

 彼は言っていたのだから。

『俺は素手の方が強い』と。

 甲冑や刀剣を持っていなくても、戦うことができるのは間違いのないこと。


 考えれば考えるだけ、どんどんと可能性が集まっていく。


 カレンをこの街まで帰還させてくれたその後、居所がなにも確認できなかったのも、周囲の警戒をしていたからだとしたら。

 そう、お礼を遠慮するような人なのだから……。

 

 もし、考えていることが全て当たっているのならば……いや、全部当たっていなくとも、一体どれだけの労力をかけたのだろう。

 誰にもアピールすることなく、誰にもバレるような行動をすることもなく、一人で黙々と……。


 なにも確証はない。ただ、胸は温かくなる。誰よりもカッコよく映る。


「……ね、カレン。早く明明後日しあさってになってほしいわね。いろいろ言いたいことが増えちゃったわ」

「姉様、なんか顔が乙女」

「そ、そのようなことはないわよ……。ただ、こんなにもカレンのことを考えてくれた方だから……」

 自分のことよりも妹のこと。そんなリフィアだからこそ、胸がときめくのだ。


「……だから、もっとお近づきになりたいわね」

「ふーん」

 なんて素っ気ない返事をするカレンだが、同じ気持ちを持っている。


 そんな姉妹の思いを、数時間後に知ることになるディゴート公爵。

 の公爵にとって敵わない存在の漆黒であり、誰よりも気を遣う存在。

 ある意味不憫ふびんと言えるだろうか、胃が痛くなる日々が迫っていた。

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