第22話 別荘①

「本当にこんな豪華な家もらってよかったのか……? 家具とか食器類も全部含めてだし」

「全てはお父様のご意向ですので、本当にお気になさらず」

「あなたって変なところで謙虚よね。あたしに『お前』とか言ってくるくせに」

「悪いか?」

「それは悪いでしょ」

(確かに……)

 カレンに納得させられてしまった場所は、何十畳とありそうな大広間の中。

 馬車で数十分使って移動を行った後、同じく数十分使って室内案内をしてもらい、現在に至っていた。


 男が思うのは二つ。

(本家の近くに別荘なんか建てなくていいだろうに……)というもの。

(こんなに広い家に夜は一人か……)というもの。

 敷地も家も広すぎて正直、現実感がない。

 持っていて困るわけではないが、迷惑と言われたら迷惑と言えるくらいの規模である分、一人で住むには本当に適していない。


「っと、すまん。腰を下ろしていいぞ? もらったとは言っても、自分の家のように過ごしてもらって構わない」

「さ、最後の点については同意しかねるのですが……ありがとうございます。それではお言葉に甘えさせていただきます」

 屋敷内の案内も終わった今なのだ。

 一応手を差し出して促せば、リフィアが座ってくれる。


(なんでこんな綺麗な座り方できるんだろうな……マジで)

 教育が行き届いているのが目に見えてわかる。

 見よう見まねで同じように座ってみるも、逆に変な座り方になった感覚がある。

 一朝一夕で身につけられるものではないのだろう。


(今の座り方を見られてませんように)

 なんて願いながら咳払いをすれば、未だ立っている人物に声をかけられる。


「ねえ、『腰を下ろして』って言ったの、あたしのことを気遣ったから? 足が治ったばかりなのに最後まで案内をさせてしまったって」

「……ん?」

 なんて一度は首を傾げるも、カレンの言いたいことはなんとなくわかった。

 しかし、こちらはなにも気遣っていない。ただ当たり前のことを言っただけである。


「……言っておくけど、疲れてなんかないんだから。だからあたしは座らないわ」

「子どものくせに無理すんな」

「子どもじゃないわよ!」

「はいはい」

 なんとなくだが、わかってきた。

 強がった様子を見せる時、素直になれていないだけだと。

 つまりこの場合、疲れているということ。


(本当、まだまだ子どもなのに出来てるんだよなぁ……)

 万能薬を使ってもらった側のカレン。その立場として、いつだって平気な姿を見せないと! なんて思っているのだろう。


「てか、あの薬はお前を無理させるために使ったわけじゃない。俺の前では失礼でいてくれていいから。本当」

『公爵家の愛娘に無理をさせていた』などと伝わってしまったら、恐ろしい以外の何事でもない状況だ。

 ヒッソリと身震いをしながら言い聞かせる一方で——リフィアは嬉しそうな眼差しを飛ばしていた。


「どうしても座るのが嫌だって言うなら、俺の上にでも座るか? この硬い鎧の上に」

 柔らかいソファーと、カチカチの黒の鎧。どちらが座り心地がよいのかと訊けば、全員がソファーと答えるだろう。

 つまり、前者を選ぶ以外にあり得ないということ。

(久しぶりに完璧すぎるいい口じゃないか』

 自分で言っておいて感嘆を覚える。

 自画自賛しながらわかりやすい予想を立てていると、言われる。


「あっそ。じゃああなたの上でいいわ」

「おう…………え?」

 疑問の声を口にした時にはもう遅かった。

 目の前には小さな背中。「おしょ」なんて掛け声を漏らして、太ももの上に座ってきたのだ。


「お、おい、どういうつもりだ」

 いい匂いが漂ってくる。当たり前に寄りかかられる。


「座れって言ったのあなたじゃない」

「冗談に決まってるだろ……。それに座りづらいだろ?」

「硬いわ」

「だろうなぁ……」

 一応言っておくと、全く重くない。ただ目の前の視界を赤色の髪と背中でブロックされているだけである。


「よかったわね、カレン」

「う、うるさい。別に嬉しくなんかないわよ。硬いし」

「嬉しいって誰も言っていないんじゃないかしら」

「言ってたわよ!」

 とある人物の嫉妬が込められたやり取りがされていたことは、長年関係がある者でなければ、わからないこと。

 全然怖くない姉妹の口喧嘩を止めず、好き勝手にやらせた結果——。


「そ、そもそもなんであなたは防具を着たままなのよ。自分の家なんだから、楽にしなさいよ」

「ま、まあなにかあった時に二人を守らないとだからなぁ」

 それらしいことを言うも、守れる自信はない。正直に言えば外したい。

 ……が、あの時計塔で会ったリフィアが目の前にいるだけに顔を合わせるのは気まずいのだ。

 ここはカレンを使って誤魔化すことにする。


「ちょっ!? あ、頭ポンポンするんじゃないわよ! 子ども扱いしないでって言ってるでしょ!」

「じゃあほら、またこんなことされる前にそろそろソファーに座れ」

「嫌よ」

「なんでだよ」

 そんな二人のやり取りを、嬉しそうにしているカレンを見て、羨ましそうに見ている者がいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る