第21話 漆黒が去った後の屋敷

 姉のリフィア、妹のカレン。そして一般人の漆黒。

 その一行が馬車に乗り、公爵邸を出て何十分と過ぎた頃のこと。


「リ、リーダー。これ……マジっすか?」

「カレンお嬢様が本当に?」

「ああ、あの方が持っていた刀剣でな」

 サイクルで回ってきた休憩時間。

 おさを含めた三人の守衛は、玄関前に集まっていた。

 物珍しいように囲んで観察するソレは、カレンが深々と斬った石畳みの地面である。


「それも、力を入れて振り抜いていないのにもかかわらず……この刀痕だ」

「そ、そんなことあります!? 切れ味バケモンじゃないっすか」

「刀に欠損はなかったのですか?」

「じっくり確認したが、なんの異常もなかったな」

「……」

「……」

「言っておくが、マジだからな」

 呆けた顔を露わにする二人の守衛だが、誰だってこうなるだろう。


「リーダーがそう言うなら、ホントなんすね……。地面斬ってそれは意味わからないっすけど……」

「本当に理解が追いつきませんね……」

「オレも同意見だ。一体どんな素材を使ってんだか……」

 武器を扱っているからこそ、その異常さは誰よりもわかること。


「てか、リーダーずるいっすよ! そんな武器に触れる機会があったなんて! ほんの少し、ほんの少しでも呼んでくれさえすれば……!」

「仕事中だろうに」

「っす……」

 当たり前に厳しいのは守衛をまとめるリーダーだからこそ。


「だが、あれは本当に綺麗な刀剣だった……。あれを超える代物はもう見ることはできないだろう……。是非とも振ってみたかったものだ……。振ってみればよかったな……」

「コソッと素振りしなかったんすか!? マジでもったいないじゃないっすか!」

「その素振りをあの方に見られようものなら、鼻で笑われてしまうだろうな」

「リーダーの剣技を笑われるようなことは絶対にないと思うのですが……」

 お世辞でリーダーを立てているわけではない。

 その目で見ているからこその言葉だが、首を横に振って『そのようなことはない』と伝えるのだ。


「対面させてもらったが、恐ろしい以外の感情が湧かなかったな」

「と、言いますと?」

「正直、隙だらけだった。隙が見え過ぎて……拍子抜けしたくらいだ」

「じゃあ笑われることなんて絶対ないっすよ! 武器と防具に頼り切ってるだ——」

「——しかし、言葉の節々からは警戒心が滲み出ていたんだ。さらには周りを見る目まで備わっていた。隙だらけの人間が、な」

 あの時の会話は鮮明に覚えている。


『えっと、これを預かってもらえると助かるんだが』

 そう自ら提案してくれて、

『全員に対して武器を持ち込ませているわけじゃないだろう? 多分……。立場上、どのような相手にも警戒をげんとなすのは正しいことだ』と。

『えっと』や『多分』など頼りない言葉はあったが、高飛車に感じさせないためのやり方な

のだろう。


「あの佇まいが演技だと気づいた時、冷や汗が流れたものよ……。旦那様からの前情報がなければ、オレは騙されていたままだっただろう」

 ゴク、と生唾を飲み込む部下。

 そんな二人に続けて言う。


「しかもあの方は公言されていた。『素手の方が強い』と」

「い、いやいやいや……。あんな意味わからん切れ味の武器使っててそれは冗談でしょ。ハッタリっすよ」

「僕もそう思います。現実的に考えてあり得ないです」

「わざわざそんな嘘をつく意味があるか? あのレッドフリードに一人で立ち向かって、カレン様らを全員救出した時点で強さの証明は済んでいる」

「……」

「……」

 全くもってあり得ない話だが、この言い分に反論は浮かばない。


「あの方に負けないように、もっと努力をしなければな」

「確かにそうっすね」

「はい」

 武器を奪われた時のことを想定して、血の滲む努力をした結果なのだろう。

 我々よりも強いはずの人間が、慢心することなく能力に磨きをかけている。

 それを理解しておきながら、現状維持を続けるのは間違っていること。


 今後の方針を改めて固めた守衛長。そんな時である。


「——ご苦労」

「ッ! もったいなきお言葉でございます!」

 声を聞くだけで、誰なのかは判断できること。

 スイッチを切り替え、部下共々、貫禄のあるディゴート公爵に向かい合う。


「旦那様はこれから外出のご予定でしょうか?」

「いや、カレンがつけたという刀痕とうこんを気晴らしに見にきたのだ。可愛らしいあとであろうしな」

 12歳の娘に、か弱い娘に大きな痕などつけられるはずがない。

 爪痕のような小さなものだろう。


 そんな予想を立てているように、ニッコリとしながら階段を降りてくる公爵だが——次第に顔が引き攣っていく。

 間近で見なければわからない。そんな刀痕ではないのだ。


「これ……か? これがカレンがつけた刀痕だとでも言うのか?」

「さ、左様でございます。本日お越しくださった漆黒様の刀剣により、このような痕に。深さは約35センチほどはあるかと……」

「……」

 説明を聞けば聞くだけ口を閉ざす公爵。

 顔に出ている。全くもって可愛くない痕だと。

 人間など真っ二つになるような刀痕を刻んでいるのだから。


「そうか。彼の武器、か……。はあ……」

 頭が痛くなったのか、眉間を強く押さえながら今まで聞いたこともない深いため息を吐く公爵がいる。

 さっきまでのにこやかだった旦那様はもうそこにいない。


「我はもう戻る……。引き続き任せた」

「「「ハッ!」」」

 哀愁漂う背中を見せて、玄関に戻っていく。

 気晴らしなど考えなければよかった。そんな後悔をしているかの様子。


「旦那様……えらくお疲れのような……」

「あの方と対面されたようですから、その時にもなにかあったのかも……」

「……我々には想像できないような激しい掛け合いがあったのだろう……」

 二人の声に追従して、悟りの言葉を上げるのだった。




 漆黒から隅々まで試され? 反省点を洗い出されたディゴート公爵。

 漆黒の血の滲む努力を知り? このままではダメだと気持ちを改めた守衛長。


 彼のおかげ? により、公爵家がさらなる力をつけることになるのは、また後日の話である。



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