第20話 隣室で
公爵夫人に隣室を案内された後のこと。
「はあ。緊張した……」
(本当緊張した……。めちゃくちゃ偉い人なのに、あんなに
「とてもそうは思えないけど」
「
「ふふ、ごゆっくりされてくださいね」
「助かるよ」
張り詰めた糸が切れるように、カレンとリフィアに素を見せる男がいた。
こちらに気を遣ってくれたのか、ここには顔見知りの2人しかいない。
「あ、それともう一つ。いろいろと案内する仕事を増やしてしまって申し訳ない」
「ええ……。あなたに謝られることじゃないわよ。お父様の意向だし、別に嫌々でもないんだし」
「カレンの言う通りです。たくさん甘えていただけたらと」
「……ど、どうも」
責められるどころか、嬉しい言葉に思わず口ごもってしまう。
「それはそうと、あなたはもうちょっと上手な演技をするべきじゃなくって?」
「え?」
そんな矢先に言われるのは、カレンからの注意。
(演技ってなんのことだ……? 全く意味がわからないんだけど……)
胸を温かくしながら頭を働かせるが、答えはなにも浮かんでこない。
「そうやって
「あ、ああ……それか。顔は喜んでるぞ? 甲冑で見えないだけで」
カレンとリフィアが目の前にいるのに、全身を使って喜びを表現できるわけがない。
もし一人ならば、全身を使ったガッツポーズをしている。
(当たり前に)
そんなツッコミを心の中で披露していたら、整った眉を八の字にしたリフィアが、おずおずとした声をかけてくる。
「あの……漆黒様」
「う、うん?」
「このようなことを口にするのは正しいことではないのですが、本当にあのお礼でよろしかったのですか? 今でしたら申し立てが……」
「これは大人同士で決めたことだ。なにも気にしなくていい」
カッコつけながら言うも、これには二つの理由がある。
(『公爵の後ろ盾』は意味わからないけど、別荘とお金だぞ!?)
申し立てをしたい気持ちがあると誤解されないため。
申し立てするつもりは全くもってない! と伝えるため。
実際、不満の『ふ』の文字すらないのだ。そんなにもらっていいの!? という気持ちなのだ。
このお礼を死守するための行動である。
「本当……いい両親だったなぁ。親不孝させるんじゃないぞ? 特にお前」
「わ、わかってるわよっ! って、カレンって呼びなさいって言っているでしょ」
「こっちの方が呼びやすい」
「もうっ!」
いくら年下であっても、異性を呼び捨てでは呼びづらいのだ。
「てか、二人はよかったの……か? 俺に別荘を譲られること。思い入れがないわけじゃないだろうし、なにか思うところがあるんじゃ?」
「いくつもあるから、別荘は」
「思い入れというものも特には」
「あっそう……」
予想外の返事に思わずキョトンとしてしまう。
(持て余すくらいなら別荘を立てなくてもよくないか……? マジで)
力をアピールするために必要なのだろうが、『もったいない』という気持ちが先行する。
さすがの貴族だけあって、この辺は感性が違うのだろう。
「ねえ、あたしからも質問」
「ん?」
ご丁寧に手をあげて聞いてくる。
「別荘には誰か住まわせる予定なの?」
「いや、俺一人が住む予定だけど」
「そうなの?
「そんな人はいない」
「そうやって嘘をついて。あなた一応は高ランクのトレジャーハンターでしょ? モテないわけないじゃない」
ズバリとした言い分に数秒のハテナが頭に浮かぶが、ハッとする。
(あ、そう言えばトレジャーハンターをしてるって嘘ついてたっけ……)
カレンと出会った当時、『何者なの?』と聞かれ、そんなことを言った記憶がある。
「……ま、まあいろいろあるんだよ。そんなわけで独り身だ」
「ふーん」
「漆黒様は恋愛にご興味がないのですか……?」
「いや、そんなことはない」
なぜか食いついてくるリフィア。無論、人並みに興味はある。
「姉様、これは『自分に釣り合う人が見つからない』ってやつよ。……調子に乗っちゃって」
「勝手に想像するな」
こればかりは本当に自分の言う通りだ。
「って、そうよ! あの別荘に一人で住むのは好ましくないわよ? 手が余るでしょうし、怖いわよ?」
「手が余る? 怖い?」
「だって別荘の規模で言ったら、このお屋敷とあまり変わらないもの。そこに一人で住むって怖いじゃないの」
「……え?」
聞き間違いだろうか。今とんでもない言葉を聞いた気がする。
その気持ちを察したように、リフィアが補足を入れる。
「当家と比べますとお庭は一回り小さいですが……別荘の広さは確かに遜色ないかと」
「……今回もらう別荘って一人が住む用の家じゃないのか?」
「それは別荘って言うの?」
「言うんだよ」
広さや豪華さ関係なく、家がもう一つあればそれは別荘である。
(そ、そもそも巨大な別荘を渡されても困るんだが……。てか、そんな豪華な別荘をプレゼントしておいて『これ以上の譲歩は』とか言ってたのかよ……)
もう自分の常識が通用していない。これだから貴族は怖いのだ。
(……)
そして、もう一つ思う。
この屋敷の広さと遜色ない別荘に一人で住むのは、本当に怖いかもしれないと。
「そ、そうだ。俺が留守の日もあるだろうけど、今回もらう別荘にいつでも遊びに来ていいから」
「い、いいの!?」
「よろしいのですか!?」
「あ、ああ。なんなら合鍵を持っててもいい。留守の日でも適当に入るのもいいし」
(二人の立場上、毎日来るわけでもないだろうし、なにかを盗むほど困ってるわけでもないだろうし)
広すぎる別荘なら、勝手に入られてもプライベート空間は揺るがない。
むしろ誰かしらお邪魔してくれないとオバケが住み着いてしまいそうだ。
そんなのは怖い。
「それなら遠慮なくお邪魔させてもらうわ!」
「
「ん」
自利のために言ったことだが、なにもバレてはいなかった。
そのためにホッとした気持ちで言えるのだ。
「じゃあ、そろそろ別荘に案内をしてもらおうかな」と。
そんな男は知る由もない。
いつの日か、この姉妹以外にも当たり前に入り浸られてしまうことを。
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