第18話 とある赤髪姉妹②

「ね、姉様。やっぱり……」

「ええ。あの方の前では普段のお姿を見せられないから、私達を付かせなかったのでしょうね」

 父親と母親、そして漆黒の3人が集まる応接室の隣室では——聞き耳を立てながらコソコソ話すカレンとリフィアがいた。


 そんな姉妹が耳にしているのは、いつものように『よくぞ参られた』なんて威厳あるセリフを言う公爵ではなく、『いらして頂き恐縮でございます』というような、へりくだった言葉。

 公爵という格を落とさないため、周りからめられないため、弱みに漬け込まれないため、常に貫禄のある姿を見せていた両親だが、今日だけは違った。

 深々と頭を下げて対応していることは、声を聞くだけでわかるのだ。


「……本当、お父様とお母様に申し訳が立たないわ」

 カレンは今回の被害者である。非はなにもないが、貴族社会で親に頭を下げさせるというのは、なによりも不孝ふこうとされる行為。

 それも公爵という地位に就き、大勢の民をまとめ上げている立場の両親に“それ”をさせているのだから。


「……」

『娘を助けてくれた』その筋を通すためだけに、似合わない姿を作ってくれている。

 言葉にはならない複雑な思いを抱くカレンに対し、

「さて、あなたに落ち込んでいる暇はあるのかしら」

「え……?」

 声色を変えてツッコミを入れるリフィアである。


「まずはあの方の刀剣で石畳みを斬っちゃった件、説明しないとでしょう?」

「はあ……」

『そうだった』というため息である。


「あたしってば迷惑をかけてばっかり……」

「ふふ、もしかしたら剣豪だと誉められたり」

「そんなわけないでしょ!? そ、そもそもなによあの刀剣の切れ味……。あの意味のわからない切れ味が半分は悪いわよ……!」

「確かに石の地面がバターのように切れちゃうようなことはないものね……」

「そ、そうよ……。力を入れて振ったわけでもないし……」

 非のないことを反省している相手に対し、上手に励ますことは無理な話。

 非のあることを反省させるというシフトに変更させつつ、空気を明るくする立ち回り方は、妹の扱いを熟知している姉らしいこと。


「でも、迷惑をかけただけの埋め合わせはちゃんとするわ。より一層の孝行をして」

「それだけじゃないでしょう? 『今までできなかったことをして、我慢してたことを思う存分楽しむこと』も、よ」

「っ!」

 馬車の中で伝えてくれた、彼が嬉しくなることを引用する。


「ね? 落ち込んでいる暇はないでしょう? あの方は隠していたけれど、上層部の方から怒られてまでカレンの脚を治してくれたんだから」

「……う、うん。姉様の言う通りね」

 妹の脚に手を添えて、治ったことを強調させるリフィアは、気持ちを上手に切り替えさせた。


 この会話が終わり、再び応接室に聞き耳を立てれば聞こえてくる。

『今回のことで是非、お礼をさせていただきたく……』

『どのようなご要望にでも、誠心誠意応える次第でございます』

 下手したてに出ている両親の声と、

『い、いやぁ……』

 なんて萎縮しているように、渋った声を上げる彼が。

 帝都に直属しているだろうに、『一般人らしい』演技をしっかりと行っている。欲を出さない姿はさすがだろう。


「姉様、ずっと気になっていたんだけど、どうしてあの人はお礼を受け取ろうとしないのかしら……。危険をかえりみずにあたしを助けてくれて、あんなに貴重な万能薬まで使ってくれたのに、なにも対価を要求しないし……。お父様を怒らせるような行動も取っていないから、対価を得るつもりがないのは明白だわ」

『どうしてそんなに紳士的なことができるのよ……』なんて含みがあるような声色。

 彼に対し、好感しかないのは目に見えてわかる通り。

 リフィアだってカレンと同じ気持ちである。


「あの方にとっては、当たり前のことをしただけって感覚なのかもしれないわね」

「素直にお礼受け取ればいいのに……。『一般人』とかなんだの言ってヴェルタールに所属してることを誤魔化しているんだから」

「ふふ、確かに目立っているわよね。普通は誰だって食いつくものだから」

 公爵からのお礼というのは、それだけ魅力的なもの。

 勲位くんいを授けることも、土地を譲渡することも、贅沢して暮らしていけるほどの金銭を渡すことも、結婚を前提とした異性を紹介することも。

 現実的なことは基本的になんだって叶えることができるのだから。


「でも……素敵よね。信念があって、下心もなくて、お優しいあの方は」

「ま、まあそう思わないことはないこともないけど……。ちょっとだけ」

 口を少し尖らせながら、素直になり切れていないカレンに微笑むリフィア。


「どうにかしてあの方のお顔を拝見できないのかしら……。カレンも気になるでしょう?」

「あ、まだ言ってなかったわね。あたし見たことあるわよ。助けてもらった時に」

「えっ!?」

 容姿を頑なに隠していただけに、誰も見たことがないと思っていた矢先の発言。

 青の双眸を見開いて詰め寄るのだ。


「カ、カレン! あの方はどのようなお方だったの!?」

「……なんだか姉様、あの人にえらく執心してない? 馬車の時も同じセリフ聞いたわよ」

「そのようなことは……ないわよ」

「本当のこと言ってくれたら、教えること考えるけど」

「……」

「……」

 ここで珍しくジト目を作るリフィアと、同じくジト目を返すカレン。


「…………」

「…………」

 無言の空間で、この可愛らしい姉妹の攻防は何十秒続いただろうか。


「き、気になっていないことは……うん……」

「じゃあ教えてあげない」

「なっ!? それは約束が違うじゃないのっ」

「教えるとは言ってないもん……。あたしだけの秘密……」

 

 別室では露わになっていた。

 独占欲を滲ませるカレンと、顔を真っ赤にして反論するリフィアの姿が。

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