第17話 到着と黒刀
「漆黒様。本日は心よりお待ちにしておりました」
「この度は御足労いただき、誠にありがとうございます」
「あ、うん……」
『こんなに大きく造る必要はあったのか?』なんて思えるような立派な玄関の前で馬車を降りた時のこと。
守衛長と思われるような男性と、メイド長と思われるような女性が丁寧すぎる挨拶をしてくる。
本当に至れり尽くせりの対応である。
「旦那様、奥様は別室にてお待ちしております。案内いたしますので、ご一緒願います」
このような声をかけてくるのは、
「じゃあ行ってらっしゃい」
「当家までご同行いただき、本当にありがとうございました」
「……ん? 二人は?」
別れの言葉を放ったカレンとリフィアに当然の疑問を抱く。
「あたし達は一旦ここでお別れよ。大事なお話をするにあたって邪魔になってしまうらしいから」
「隣のお部屋に控えておりますから、例の件が起きた場合にはすぐに対応いたしますね」
「そ、そう……なのか」
これは恐らく父親からの命令だろう。『大人の話をするから』と。
心強い味方がここでいなくなるという、正直予想していなかったこと。
『一緒にいてくれたら助かるのに……』なんて滲ませるも、甲冑を被っているだけに情けない感情が伝わることはない。
「はあ……。こればっかりは仕方ないか……」
誰にも聞こえないような小言を漏らす男は、割り切って守衛に体を向ける。
「あの」
「ハッ!」
「……」
仕える人間を間違っているようなハキハキしすぎた返事。目の前にいるのに、耳がキーンとするほどの声をあげる守衛。
自分よりも絶対に強いはずの男性がこれである。
甲冑の中で顔を引き攣らせながら、腰にかけた刀剣を抜いて見せる。
「えっと、これを預かってもらえると助かるんだが」
「ッ!?」
武器を手放すのは精神的に不安だが、目上の相手——公爵を前にする時に危険物を持ち込むのはさすがに挑戦的すぎる。
対面した瞬間、敵対されるかもしれない。怒られるかもしれない。
そんなリスクをなくすには、こうする他ないだろう。
「よ、よろしいのですか?」
「全員に対して武器を持ち込ませているわけじゃないだろう? 多分……。立場上、どのような相手にも警戒を
「ハッ!! お心遣い、ご教授痛み入ります。それではお預かりいたします」
「あ、ああ……」
絶対に受け取ってもらうため、それらしいことを適当に並べた結果……教授したことになった。
もし間違ったことを教えてしまったとしたら、正しいことじゃないとすれば、自分のことを売ってでも説得を頑張ってほしい……。そう
「ねえ、しつこいことを言うんだけど、本当に預けていいの? あなたが裏切るとは誰も思っていないし、この街に送り届けてくれるまでずっと肩身離さず持っていたから、とっても大事な物なんでしょ?」
「まあ
「え?」
「むしろ俺は素手の方が強い」
「そうなの!?」
「ッ!!」
目を丸くしているカレン。そして同様の反応を見せている守衛長。
実際これは冗談でもなんでもない。
どの程度刀を扱えるのかと試してみたが、ゲームをプレイしていた時のキャラとは別のキャラに転生しているのだ。
実践の世界でもあるのだ。
思い通りに体を動かすことができないと言えばいいのか、攻撃する前に先手を打たれて致命傷を負わされてしまう。攻撃を軽々避けられ、反撃されてしまう。
そんな想像が簡単に働いてしまったほど……。
「ああそうだ。この武器に興味あるなら、守衛さんの監視のもと握ったりしていいぞ?」
「えっ、本当!?」
「ん。どこかにぶつけても刃こぼれしなければ、傷もつかないから」
繊細な武器ならこんなことを言わないが、そうではない。
最高
ゲームの知識があるおかげで、武器効果の詳細を男は知っているのだ。
武器の扱いに長けている守衛の前でなら、自由にさせても問題はないだろう。
「それじゃあ……そろそろ」
脱線した会話にもキリがつく。これ以上の長話は待たせている相手の迷惑にもなるだろう。
権力を持つ者に会うのは恐ろしいが、もう逃げられない。使用人に『案内を』との視線を飛ばす。
そうしてカレン、リフィア、守衛の三人に別れの一礼をして公爵邸に入っていく男だった。
* * * *
使用人と漆黒の背中が見えなくなってすぐのこと。
「ねっ、あの人の武器! はい!」
玄関前に残った三人。守衛長に両手を伸ばしながら、『ちょうだい』と言うのはカレンである。
「カレンお嬢様、お分かりの通り危険な物なのでお気をつけください」
「まったく……。カレンったら」
女の子としては珍しい趣味を持っていることを知っている二人——身内なのだ。
眉を八の字にして呆れているリフィアだが、キラキラした表情を浮かべている妹を見てすぐに微笑む。
「これずっと気になっていたのっ! 本当に綺麗な刀身だわ!」
「確かに宝石のようですね……。耐久性はあるのでしょうか……」
刀の鞘を抜いてマジマジと観察するカレンと、子どものように惹きつけられながら分析を始める守衛長。
「ねえねえ、あの人ってどんな戦い方をするのかしら?」
「そうですね。動きやすそうな防具から推察するに、俊敏に相手を翻弄させ、技巧的に立ち回るのではないでしょうか。力で押し切るタイプではないでしょう」
「それは一番厄介なタイプね!」
大好きな話題だからこそ、笑顔で言い切るカレン。
テンションがどんどん上がっていく彼女は、漆黒の戦っている姿を想像するように黒刀の柄を両手で持ち、刀を上げて——。
「——おっ、重っ……う、あ、うわわあっ!」
「カレン!?」
「カレン様!?」
いきなり体勢を崩すカレン。リフィアと守衛が慌てた声を上げた瞬間、重量に勝てず刀が振り下ろされる。
「っ!」
その黒の刀身は、石畳みの地面と接触——火花を散らしながらバターのように切れ、キィィィンと剣豪が奏でるような甲高い金属音を響かせるのだ。
「……」
「……」
「……」
喋る者は誰もいない。
カレンはゆっくりと刀身と触れた長さだけ深く斬られた石の地面を見て……ぷるぷる震えながら二人を見る。
人の骨すら簡単に断つほどの切れ味があることは見てわかる通り。
「カ、カレン……。それを今すぐに返しなさい……」
「は、はい……」
「確かに……お受け取りしました……」
か弱い少女がこんな芸当を——幻だと思われるような光景だったが、地面に刻まれた斬り跡で現実だと思い知らされる。
防具すら意味をなさない切れ味を持つ黒刀を受け取った守衛長は、冷や汗を流しながら刀身に目を走らせる。
念入りに武器の状態を確かめるが、石を斬ったのにもかかわらず刃こぼれ一つなかった。
この刀剣の持ち主である男が言っていた通り……。
「……」
帝都直属の暗躍組織、ヴェルタールに所属している可能性が高い人物。
半信半疑の守衛長だったが、この初見殺しの狂気的な武器を所持している時点で——あろうことか、この武器を
間違いなく、その手の者だと。
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