第16話 Sideリフィア 馬車の中
(なんて誠実な方なのかしら……)
リフィア・ディオール・アルディは、目の前の漆黒様を見てこんなことを思っていた。
口数が少なく、もしもの時のことを考えて護衛を……との考えもあるのだろう、結果的に防具で容姿を隠している彼。
あまり掴みどころのない人物だが、横柄に振る舞う様子もなく、見下す様子もない。
(……カレンがこんなに気に入るのも当然だわ)
トレジャーハンター然り、名声を得れば得るだけ憧れの存在になっていくもの。
その結果、存在感を誇示するような態度を取る者が多くなるが——目の前の人物は違う。
誰よりも名声があるだろうに、この街で一番力があるだろうに、完全に下手に出ているのだ。
さらには凶悪な犯罪集団を相手に立ち向かって、命の危険を
恩が大きすぎてこちらは頭が上がらない立場なのに、その弱みに漬け込むこともなく。
(周りの方々から一体どれだけ慕われているのかしらね……)
——きっと数えきれないほどだろう。
リフィアがそんなことを思っていると、
「緊張してきたな……」
弱々しく呟く漆黒様に、構ってほしいカレンは突っかかる。
「そんなにいい格好して、緊張するのはダサいわよ」
「そんなダサい奴に救われて残念だったなあ」
「はあ……? そ、それとこれは別でしょ! そんな恩知らずじゃないわよっ!」
「ふふふっ」
帝都直属の暗躍組織、ヴェルタールに所属しているはずの方なのだ。
帝王に会っているはずの方が、公爵を前にして緊張するはずがない。
カレンの気持ちを汲み取り、突っかかられることを見越して構ってくれている。
(本当に嬉しいことをしてくれるんだから……)
場の空気を崩さないように、心の中で呟く。
こう思うのにはもちろん理由がある。
姉妹揃って他貴族の相手をすることも多々あるが、その時は決まってカレンに時間を割いてくれないのだ。
それはまだ12歳の妹であって、17になるリフィアの方が殿方探しをする時期だから。
無論、相手方にとっても仕方がないことだと言えるが……妹が大事なリフィアだからこそ、こうした対応はなによりも嬉しいこと。
漆黒様に会いたかったリフィアだが、それ以上に会いたいと願っていたカレンなのだから。
(こんなに素敵な方なのに、当家のお礼まで避けようとするんだから……)
ビックリした。
『空きがない』と言って漆黒様が逃げようとした時は。
“公爵家からのお礼”と言えば、誰しもが目の色を変えて下心を滲ませるのに、彼はそれ以前のことをした。
危険を冒してまで救い出してくれたのに、お礼の受け取りを渋ったのだ。
『公爵の面目を潰すわけにはいかない』ただその思いで馬車に乗ってくれたのだろう。
さらにはカレンの足を治すため、資金を惜しまず長年探し求めていた幻の万能薬のお礼ですら、父を怒らせた時に『間に入ってほしい』という当たり前の行動でチャラにしようとした。
お城が立つほどの価値がある貴重な薬のお礼がこれなのだ。
下心がなく、欲を滲ませず、本当に好感しか得られない方。
(これからもどうにかして関わっていけないかしら……)
異性に対して初めてだった。このような感情を抱くのは。
カレンは見ての通りである。
「一つご質問なのですが……漆黒様はいつまでこの街に滞在されるご予定ですか?」
「ああ……。まあ気分次第……かな」
「もういっそのこと、この街にいなさいよ。悪い街じゃないでしょ?」
「ん、いい街だな」
『いい街』だと思っていても、はっきりとしない返事。
(上層部からの指示が入り次第、動かなければならないってことかしら……。お忙しい方だから当然よね……)
引き止めようにも、こればかりはどうしようもできないこと。
彼が動くだけで、カレンのように救われる命があるのだから。
「……」
残念な気持ちと、手放したくない思い。
二つの感情をぶつけるように、彼の姿をしっかりと目に焼きつけるリフィアだった。
* * *
馬車を走らせること数十分。着く。
宏大な門構えの屋敷——公爵の住家に。
広大な敷地には手入れが行き届いた園庭や、虹を作る噴水が花を添えるように設置されている。
見惚れてしまう光景だが、それよりも驚く光景がある。
門を抜け、玄関と思われる方向に馬車で移動している現在。
「な、なんだこれ……」
「
馬車に向かって守衛と思われる人物が一人一人敬礼を。使用人と思われる人物は、スカートを広げて一人一人挨拶を。
何十人も左右に並び、馬車の通り道を作っていたのだ。
「こんなに気遣う必要はない……ぞ? 身分の高い者が俺なんかにこんなことしたら、なにかと問題があるような気も……」
「総意で行っていることですから、なにも問題ありません」
とてもそうとは思えない男に、リフィアは言った。
「仮に茶々を入れる方がいましたら、こちらでしっかりと対応いたしますので」
「……そ、そうか」
柔らかい口調に優しい雰囲気を纏っているリフィアだが……この時だけは怖気が走った男である。
『
『必ず奥歯をガタガタ言わせてやりますから』
なんて目で訴えてもきてるようで。
助けを求めるように隣に視線を送れば、『ふふん』とドヤ顔を作っていた。
さすがは家族というだけあるのか、
たった一人で公爵家をここまで味方につける人物は、後にも先にもこの男しかいないだろう。
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