第14話 再会①
支部長室で時間を潰したその後のこと。
「えっと……いろいろお世話になった」
「いえ。是非ともまた」
「あ、うん……」
階段を降りて一階フロアに戻った男は、集まっているトレジャーハンターや受付嬢の視線を浴びながら、筋肉隆々の支部長、ガラグに見送られていた。
そんな男——カイは協会を出てすぐ誓う。
(もう絶対行くもんか……)と。
暇だったから。
こんな理由でお邪魔してみたが、ゲームではあり得ない違う洗礼を受けたのだ。
協会にいたトレジャーハンターが、殺し屋のような目で睨んでくるということを。
それも一人ではなく、ほぼ全員から。
因縁をつけられなかったからよかったものの、もし絡まれていたら足が震えていたかもしれない。
(リアルだとあんなに怖い場所だったんだな……)
今回の経験を経て、脳にしっかりと刻み込む。
危ないところにはいかない。その自衛をしっかり働かせるのだ。
(てか、支部長ってあんな人じゃなかったよなぁ……)
恐ろしい思いもしたが、大きな驚きもあった。
この世界に転生して、初めて『見知ったキャラ』に出会って。
そして、一つ疑問もあった。
ゲーム上では見た目通りの口調の荒さを持っていたガラグだが、今回なぜかそれに当てはまってはいなかったのだ。
(ま、まあそんなこともあるのか……? 支部長室に案内されたのも意味わからなかったし……)
VIPのような対応をされたのも正直意味がわからない。
ただ、あの場から助けようとしてくれたのだとしたら……頭が上がらない。
協会内を周りを見渡して誤魔化していたものの、あの睨まれから一刻も早く脱出したかったのだから。
(でも……いい体験はできたかな。うん……)
死期を乗り越えた気分で、空を見上げる。
「さてと、これからどうしようかな」
そんな小声を呟き、足元を見ながら動かしていた矢先。
『ガラガラ』という車輪の音に馬の
「ん?」
頭を上げると、音の根源がいた。
曲がり角を曲がり、こちらの方向に向かってくる——装飾が施されたドア付きの豪華な馬車が。
一目見ただけでもお金がかけられていること、権力を持っていることがわかる。
(な、なんかヤバそうだなあれ……)
権力というのは恐ろしいものである。そんな人物には絡まれないのが一番である。
できるだけ端に寄り、進路を絶対に邪魔しないよう立ち回ったその時である。
なぜかその馬車が前で止まる。
(……え?)
偶然だろう。偶然だろうが、襲ってくる恐怖がある。
くるっと体を回転させ、男が距離を離そうとした瞬間だった。
『ま、待ちなさいよっ!』
鈴を震わすような、女の声が聞こえてくる。
間違いなく声をかけられている。
甲冑越しでは見えないが、口を噛み締めながら後ろを振り返れば——警戒を解くことができる少女が馬車から降りてきた。
「ちょっと、どうして逃げるのよ!」
綺麗な赤髪を彩るティアラ。白と青のドレス。透けたレース調の手袋。高貴さが伺える格好をした、カレンなんちゃらかんちゃらが。
「あ……お前か」
「お前か、じゃないわよ! カレンでしょ!」
「はいはい」
あの時と見た目が随分変わっているだけに接しづらさを感じるが、変わっていない性格に安心する。
(あとさ、貴族だったんだな……お前。馬車の側面についてるマーク、それ公爵家の紋章だよな……)
宿で飯を食べている時に、見たことがある紋章である。そして知りたくなかったことである。
「と、とりあえず久しぶりです」
「は?」
「……久しぶり」
「お久しぶりね」
口調を変えたことにはすぐ気付かれてしまった。
「それはそうと、あなた一体どこに身を潜めていたのよ。ずっと探していたんだから」
「宿だけど」
「その情報は全然入ってこなかったんだけど」
「まあ店主を買収(的なの)してたから」
「ば、買収!? そんな(あたし達に)逆らうことを呑むはずが……って、あなたは別だったわね」
驚きを見せたものの、なぜかスンとなってジト目を向けてくる。
「別?」
「なんでもない。どうせ教えられないことだし」
(なに言ってんだろう……。本当に)
話に全くついていけない。
眉間にシワを寄せながら心当たりを探っていれば、この戸惑いを察したように馬車からもう一人の人物が降りてくる。
「カレン、要件は速やかにでしょう?」
「わ、わかってるわよ姉様……」
「……」
男はもう声が出なかった。驚きと情報量の多さに頭がパンクするのだ。
時計塔で出会った——顔の上半分を仮面で隠した女性と、髪色から目元、雰囲気から言葉遣いが瓜二つで。
「ご挨拶が遅れまして申し訳ありません。漆黒様」
ドレスの裾を持ち、敬意を示すような挨拶をしてくる。
「私、リフィア・ディオール・アルディと申します。先日の件はどのような謝意をお伝えすればよいのか……お礼の言葉もございません」
「あ、いや……うん」
一度出会った相手に、こんな挨拶をされたら誰だってこうなる。
「えっと、今日はどこかに出かける予定……で?」
男がこう促す相手は、話しやすいカレンである。
「そんなわけないでしょ……。あなたへのお礼がまだだから、都合を確認しにきたの」
「本日はお時間に空きがありますでしょうか?」
さすがは姉妹だけあって息の合ったチームワークを見せてくる。
「空きがあると言ったら……どうなる?」
「もちろんあたし達のお屋敷に直行よ。お父様も待っているから」
「じゃあない」
「……」
「……」
またジト目になったカレンと、予想外というように目をまんまるにするリフィア。
(だ、だって公爵家でしょ……?)
こちらは敬語の使い方だって怪しいのだ。目上に対する立ち振る舞いに自信もないのだ。
救い出したことは事実だが、無礼を働けば『こやつを
しっかりとした理由がある上での断りだが、これが伝わることはない。
「ねえ、空き絶対あるわよね。協会での用事も終わったんでしょ?」
「たくさんのお礼をさせていただきますから、是非いらしてください」
(なんでその情報まで伝わって……)
心の中でツッコミを入れた時には、もう立ち回られていた。
予定がないことを確信したのか、右腕を掴んでくるカレンと、左手を掴んでくるリフィアがいる。
「ほら、行くわよ。お礼くらいさせてよね」
「乗り心地のよい馬車もご用意してますので」
「え、ちょ……」
有無を言わさずに姉妹から引っ張られる。簡単に振り解くことができるか弱い力だが、相手が相手なだけにそれができない。
その結果、半ば強引に連れ去られることになるのだった。
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