第13話 Side支部長② トレジャーハンター協会

 こんなにも周りから注目を浴びたのはいつぶりだろうか。

 支部長——ガラグは、引き攣る顔をどうにか直しながら漆黒に近づき、生唾を飲み込みこんで第一声をかける。


「……よ、ようこそ。アルディア支部トレジャーハンター協会へ」

 その瞬間、『プッ』と吹き出すような笑いが幾つか聞こえてきた。


 この手のことは基本的に受付嬢が行う仕事。

 ガラグが人前でこのような姿を見せたことはなく、下手したてになって丁寧な言葉を使うこともない。

 物珍しいがゆえに、仕方がないとも言えることだが——。


(今笑ったヤツら覚悟しとけよ。なにもわかってないくせしやがって……)

 洒落にならない状況だからこそ、人の気も知らない様子だからこそピキッとくる。

 実際、高ランクのトレジャーハンター、およびガラグのことをよく知る者は言葉を失っているのだ。唖然としているのだ。


『あのガラグがそれだけかしこまらなければいけないほどの相手なのか……』と、言うように。


 そして、甲冑で顔を隠した漆黒からの返事はたったの一言。

「……あ、ああ」

 少し動揺しているようにも感じたが、気のせい以外にあり得ない。


(やっぱりなにも情報は与えてくれねえか……)

 会話を広げる様子が一切ない。

 これは口下手のようなものではなく、自身の情報を与えないように立ち回っているからだろう。

 この男が帝都直属の暗躍組織、ヴェルタールに所属しているトレジャーハンターだという可能性がますます高まっていく。


(てか、ただのトレジャーハンターがこんなことしてもメリットねえもんな……)

 ヴェルタールの内部情報はガラグだって知らないことだが、立場上そう動かなければいけないことは簡単に予想がつく。

 不親切さを抱かれないように、受け身にならずに動くのだ。


「今日はどのような用でしょう?」

「…………ま、まあ」

「は、はい?」

「まあ……協会の見学だ」

「……見学?」

「ダ、ダメだったか?」

「い、いえいえ! そのようなことは!」

 ガラグだって馬鹿ではない。反応を窺いながら同時に頭を働かせる。


(これは見学という名の偵察だろうな……。オレのことを舐めてるのは気に食わんが……)

『見学したい』なんてくだらない理由で協会に訪れる者はいない。今までがずっとそうなのだから。


 支部長コイツになら、下手な言い分でも通用するだろう。なんて漆黒から舐められたように感じるガラグだが、ふと冷静になる。

(いや、この様子は……)

 考えを改めた途端だった。漆黒の甲冑がこちらを向く。


協会ここに伝わってる情報を俺が知らないわけがないだろ。上手い誤魔化しが必要か?』

 なんて聞いてくるように。

 時間が有限であることを誰よりも理解しているからこそ、無駄なことはしないと伝えてくるように。


 こんなにも挑戦的なやり方が取れるのは、容姿を隠しているからだろう。

 複数の武器を使いこなし、複数の防具まで着こなしているからだろう。

 身バレしないような工夫が施されているとわかる。


(本当にとんでもねえな……。オレの考えまで全て見透かしてやがるんだから……)

 あのタイミングで顔を見てきたのだ。こうとしか考えられない。

 そして、ヴェルタールの人間だと確信するに至る。


(これが格ってやつか……)

 ガラグは昔、トレジャーハンターとして名を上げていた男である。

 噂の暗躍組織、ヴェルタールに所属することを夢見ていた男であるが、どれだけ名声を上げてもスカウトを掴めなかった男である。


 憧れていただけに不満があったが、目の前の漆黒を——本物を見て理解する。まだまだ実力が足りなかったのだと。


(フッ、バケモンだな……)

 ガラグは冷や汗を拭いながら、敬意を示す。

 どこかスッキリとした気持ちで思う。この漆黒が味方でいてくれてよかったと。


『さっさと帝都に帰ってくれや……』

 その気持ちはもうガラグにはない。


見学、、ということでしたら、支部長室も見ていきますか?」

「……いいのか?」

「はい、思う存分に」

「なら……頼む」

「ではこちらへ」

 支部長室に入れるのは最上位のトレジャーハンターと受付嬢のみ。そんな特別な場所に案内するガラグだった。

 


 * * * *


「……」

「……」

「……」

 漆黒が一階フロアから見えなくなるまで無言を貫いていたAランクパーティ。

 今、この協会内にいるトレジャーハンターの中で最も高いランクに位置づけられた3人は、大きな息を吐いていた。


「な、なあ。あれどう思うよ。俺はわざと隙を見せて誘ってるようにしか思えなかったんだが……」

「絡んでくる協 会 員トレジャーハンターを、でしょ? あんなに立派な装備しておいてあの隙の多さだったから、あえてしていたのは間違いないでしょうね」

「支部長の注意がなかったら、誰か完全に乗ってただろうな……。誰も絡んでこなくて思い通りにいかなかったから、すぐ正体表しただろ? あんな圧を出してよ……」


「ガラグさんがあんなに下手に出るくらいだから、暴れ始めたら手がつけられないんだろうな……」

「それならもっとみんなに情報を教えてもいいような気がするけど……」

「偉い身分なんじゃないか?」


 いろいろな意見が出るも、三人には一致していることがある。

『漆黒は完全な戦闘狂』だと。


「俺たちじゃ敵わないとして……Sランクのアレと戦ったらどっちが強いだろうか」

「そもそもあの人が冒険中で助かったわよね」

「絶対ぶつかっていただろうからな……。あんなに綺麗な顔して戦闘狂だしな……」


 予めハードルを上げられてしまった男だがらこそ、連鎖するように誤解を発生させてしまう。

 そんなつもりがないのに、わざと隙を見せていると思われてしまう。

 

 漆黒は知る由もない。自分がどんどんと不憫な立場になっていることを。

 










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