第12話 Side支部長① トレジャーハンター協会
『マスター。最近この街に来たって漆黒って誰なんすか?』
『なんかガチモンでヤベエ奴なんだろ?』
『いつもの防具がつけられないんだけど!? 三強に目をつけられてる漆黒のせいで!』
『ねえねえマスター。漆黒さんはいつこの協会に来るの? パーティー招待したいんだけど』
トレジャーハンター協会。
たった数日の間に、支部長はこの手の質問やクレームを一体いくつ受けただろうか。
「はあ……。んなことはオレが知りてえよ。なんでハンター情報がなにもねえんだよ……。ありえねえだろ……。どんだけ
こんな文句を漏らすのは支部長室。
3日前だろうか。門衛から連絡が届いたのだ。
帝都直属の重役——暗躍組織、ヴェルタールの人間がこの街に来た可能性がある、と。
最上級らしい装備を着ていたこと。
アルディ家、アンサージ家、アルブレラ家、三強の娘を攫った犯罪組織、レッドフリードを相手にたった一人で救い出したこと。
さらには仲間の協力を仰いだのか、今回の犯罪に関わったレッドフリートを全て捕らえていることも。
このような情報が流されるように定められているのは、重役に粗相を犯す者を極力減らすため。結果、街にいい印象を持ってもらうため。
トレジャーハンター協会にこの手の連絡が来ることは稀だが、これだけの実力があるならば、『トレジャーハンターと併用して活動している』可能性は高く、協会に訪れる可能性もあるから。
支部長に追加された仕事は、その男の素性を調べることだが——どれだけ探しても見つからないのだ。
漆黒と思われるようなトレジャーハンターの情報が。
最上位であればあるだけ、最難関のダンジョンに挑戦する分、使い慣れた武器や防具を使う。
ましてや今回はレッドフリードを相手にしたのだ。使い慣れた武器や防具を使用してベストな状態で立ち向かったはずだが、なにも該当するものがない。
「こ、これは重役中の重役が出てきたかもしんねえな……」
表には出てこない、出すことをしない、帝都がひた隠しにするような最高戦力が。
この街の三強、大きな影響をもたらしている家の娘が3人も誘拐されたのだ。
帝都の力が及んでいるこの街を傷つけられたからこそ、見せしめを目的として駆り出された可能性は十分にある。
調べれば調べるだけ、そんな信憑性が増してしまう。
『頼むから漆黒にだけは手を出すな。文句も言うな。勧誘も禁止だ』
それはトレジャーハンター全員に伝えたことだが、正しい選択を取れたと確信できる。
実際、これを守ってもらわなければ困るのだ。
娘から、嫁からとんでもないことを聞いて。
『くろのおにいちゃんに抱っこしてもらった!』と。
この協会の受付嬢も務める嫁に詳しいことを聞けば……一瞬、目を離した隙に離れてしまった子どもを、漆黒と思われる人物が助けてくれたと。
全ては偶然かも知れない。偶然かもしれないが、重役であればあるだけ、上の立場にいる人物を知っているはず。
『貸し一だからな。
そんなことを伝えられたかのよう。
『仕事で忙しいんだ。俺の手間を煩わせるようなこと、
血の気のある者達で溢れているからこそ、そう警告されたかのよう。
考えれば考えるだけ胃がキリキリする。
『とても優しい方だった』と嫁からは言われているが、その優しさに甘えられるような人物ではない。
本当に重役ならば、人差し指一つで思いのままに圧力をかけることができる人物なのだから。
この街の3強ですら、足元にも及ばないほどに。
「(娘を助けてくれたことは感謝するが)さっさと帝都に帰ってくれや……」
一瞬で仕事を失わせることができるような、恐ろしい者がこの街に来たのだ。誰だってこうなる。
そんな弱々しい文句が漏れる支部長室のドアが——バン! と受付嬢によって開けられる。
「支部長!」
「ッ!? な、なんだ。ノックくらいしろ」
「も、申し訳ありません! ですがそれどころではなく! 漆黒と思われる方が協会に……!!」
「お、おいおい。本当に勘弁してくれよ……」
まるで先ほどの文句すら聞いていたようなタイミング。
青白い顔で冷や汗を流す支部長は、椅子から立ち上がって一階フロアに降りていく。
そのフロアをこっそり覗き見れば——受付嬢の連絡通り、いた。
協会内を見渡して、偵察をしているような漆黒が。
誰にも絡まれないようにするためか、重圧を放ちながら。
普段はガヤガヤとしている場だが、今あるのは静寂のみ。
強気なハンターも、気性が激しいハンターも、高ランクパーティも、今だけは大人しくなり——協会内にいる者全ての会話が止まっている。
受付嬢の手も、酒を飲んでいる者の手も止まっている。
そこに立っているだけで、この場を支配している漆黒がいる。
戦地に
不気味すぎると。
落ち着きがないようにも、緊張しているようにも、まるで初心者が訪れているような雰囲気を感じるが、立派すぎる武器と防具からは大きな矛盾を感じる。
一言で表すなら、掴みどころがなにもない。
トレジャーハンターが一番恐れるタイプを持っている。
能あるタカは爪を隠すというが、実力をひけらかさなくとも滲み出る猛者の雰囲気。
「ど、どうして今日に限って嫁が遅番なんだよ……」
一度顔を合わせた受付嬢の嫁がいれば、漆黒の対応もまだ楽だっただろう。
「マ、マスター……。どうしましょう……。あの方の反応を窺いますか?」
「んな失礼なことができるか……。オレがいく……。今はそれしかねえ……」
対応を間違えれば一発で首が飛ぶだろう。
脂汗を拭う支部長は、苦虫を噛み潰すような表情を見せて漆黒に近づいていくのだった。
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