第11話 噂の時計塔②
「相変わらず高い入場料で……」
時計塔の出入り口に立っていた守衛に1万レギルを払った男は、時計塔を登りながらその内壁を叩いていた。
(ゲームと同じように、ここを利用する人は本当にいないんだろうなぁ……。守衛さんに物珍しい顔をされたし)
内部に入るが、誰一人として人の気配がない。
入場料を2000レギル程度にすれば、“微妙な景色”でも時計塔を登る客は増えるだろうが、その5倍もする金額なのだ。
『最後になるかもしれない』なんて思っている男ですら、『もったいない』と感じてしまったほど。
住民が寄りつかないのも当然だろう。
(……まあ人がいないのは好都合だけどさ)
混雑しているよりはマシというのは、皆が同意する意見だろう。
「さて、登るか……」
こんな独り言を口にして何十段もある螺旋階段を一歩一歩登っていく。
時間にして一分ほどだろうか。
時計台の展望台にたどり着けば——。
「——ッ!!」
男は衝撃の光景を目に入れる。
展望台にポツンといたのだ。
黒のドレスを着た赤髪の女性が。
顔の上半分を隠す仮面をつけて容姿を隠した女性が。
「……ど、どうも……」
「ごきげんよう」
こんな場所で見知らぬ者と二人きりはなんとも気まずいもの。
挨拶をしてみれば、景色を見るのをやめて返してくれる。
シチュエーションも格好も怪しさしかない女性だが、上品さが窺えるせいで変な感覚に襲われてしまう。
(こ、これがゲームの時に設定された謎キャラ……なんてあるわけないよな?)
実際に謎キャラだとしても警戒する。
男はできる限り彼女から離れ、時計塔からの景色に目を向ける。
その途端だった。
「あなたはこの時計塔にはよく来られるの?」
「……ま、まあたまに」
同じように外の景色を眺める彼女から、いきなりの質問が投げられる。
当たり前に動揺したものの、初対面の相手と無言でいるよりは、会話をした方が気まずさはない。
「えっと、あなたは?」
口下手ながらもなんとか話題を繋いだ。
「
「なるほど……」
「綺麗な景色だとは言い難いですが、塩梅があってよいですよね」
「ま、まあ」
(全然共感できないけど……)
本心を言わなかったのは、空気を悪くしたくなかったから。
その気持ちを察したのか、言われる。
「1万レギルの価値があるかと聞かれましたら、私は頷くことはできませんが」
「なんだそれ」
「ふふふっ」
雑なツッコミが嬉しかったのか、口元に手を当てて笑っている。
どんな仕草に対しても、上品さが滲み出ているのは本当に不思議である。
「ふと思えば、この時計塔で誰かとお話をするのは初めてです」
「まあこんな場所ですもんね」
「聞いていいかしら? あなたはどうしてこんな場所に?」
「ま、まあ同じ気晴らしです」
「ふふ、私と同じ理由でしたか」
『明日、街を追放される可能性があるから』なんて言うことはできない。
その可能性がなかったら、この時計塔を訪れたりはしていない。
「ちなみにですけど……あなたはなにか嫌なことでも?」
「私に嫌なことですか?」
「気晴らしで来てると言ってたので」
「あっ、ご心配ありがとうございます。嫌なことではないのですが、行き詰まっていることがありまして」
「ほう?」
聞いていいことなのか、聞いてはいけないことなのか、初対面の相手だから判断することはできない。
あくまで受け身の態度を貫いていれば、クエスチョンが投げられた。
「あなたはご存知ですか? ——漆黒の装備を身に纏った男性について」
「ッ! ゴホッコホッ……」
予想していなかった言葉。
唾が気管に入り、むせるように咳き込む男である。
「だ、大丈夫ですか?」
「コホッ……。へ、平気です。なんか最近、話題になってた人物なのでつい」
「ふふ、たくさんの人々がお探ししている方ですから。私も行える範囲でお探ししているのですが、上手な隠密をされているので、これといった進展がなにもなく……」
「ああ……なるほど」
(隠密っていう隠密は別に……。って、この人は俺のことを探してる関係者の一人ってことだよな……)
この時、棚からぼたもちのような状態であることを男は気づいた。
信憑性のある情報が収集できると。
「個人的にもお会いしたいですのに……」
ボソリと。その声は時計塔の中だからこそ聞き取ることができた。
「ん? お会い……? その人ってなんか悪事を働いたんじゃ?」
「悪事だなんてとんでもない! そのような理由で捜索されているわけではありません」
「そっかぁ……」
この瞬間、抱えていた不安が一気に霧散する。
ホッと胸を撫で下ろす男である。
「じゃあなんで捜索を?」
「そこは内密になっておりまして」
「なら仕方ないか」
内密だからこそより気になってしまうが、『絶対に教えられない』という様子が声色から伝わってきた。
最大限の情報収集はできなかったが、悪い方の捜索がされているわけではないと知れただけで十分だろう。
「早くお見つけしたいものです……。本当に……」
「……」
思い焦がれるような呟きを耳に入れたその時。
「申し訳ありません。私のお迎えが来てしまったようです」
時計塔から馬車が見えたのだろうか、こちらに振り返って別れの挨拶を告げる彼女。
「そっか。それじゃあまた」
「はい。それでは失礼いたします」
「——近々、進展があるんじゃない?」
「ふふっ、お気遣い痛み入ります。あなたがもしその方でしたら、
「は、はは……」
意味深なことを言ったからか、それ相応の冗談を返される男は、苦笑いで彼女の背中を見送った。
* * * *
「お迎えに来たわよ、姉様」
「あらっ! 今日はカレンが一緒に来てくれたのね。ありがとう」
「あの人のおかげで歩けるようになったもの〜」
足が治ってからのカレンは、毎日が本当に明るくなった。
そんなキッカケを作った男がいる時計塔の下では、微笑ましいやり取りが交わされていたのだった。
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