第8話 とある赤髪姉妹①
さらに翌日。その夜である。
「姉様、もういいでしょ? 無理なんかしていないから」
「本当に無理はしていない? 痛みは本当にないのかしら」
「まあ、あたしが姉様の立場なら同じようになると思うけど……」
湯浴みを終えたカレンは、ベッドに腰を下ろした後——無抵抗にやられていた。
カレンと同じ赤の髪を持ち、青色の垂れ目を持った姉のリフィアに、素足とふくらはぎを持たれ、動かされるということを。
街に帰還して今日で2日目。その2日とも心配の顔でやられているカレンであり、足の悪化を最大限に防ぐため、一日も欠かさず何年もストレッチを手伝ってくれたリフィアでもある。
「でも、本当に平気だから。だからもう姉様の協力も大丈夫よ。昨日も言ったけどありがとう」
「あっ」
無抵抗だった脚に力を入れ、掴まれていたその手を解かせる。
足が不自由だった頃にはできなかったことをしっかり見せつけ、ニッコリと微笑む。
「早くあの人に改めてお礼を伝えたいのだけどね」
そう付け加えるカレンは……この一秒後にはムスッとした表情を作るのだ。
「って、あんなに目立つ格好をしておいて、どうして特定できるような情報が見つからないのよ……。小さな子どもを抱っこして構ってたみたいな情報はすぐ集まったのに……」
「本当に優しい方よね」
「そ、そうだけど……ムカつく。居所がバレないようにしてるのは間違いないから」
できるだけ早く会ってお礼をしたい。その想いを積もらせていることで湧き出る文句。
「ねえ、あの人が万能薬を使ったこと……上の立場の人から責められていたりしないかしら。独断の可能性があるから」
「っ! ど、どうしてそう思うの?」
「気を遣わなくて大丈夫よ、姉様。むしろ本音で話してくれた方が楽になるから」
口元を手で抑え、目を大きくしたその反応。誤魔化しや嘘が苦手なリフィアで、検討外れなことは言っていないと確信するカレンである。
この一家はただの貴族ではない。上の上に立つ公爵家である。
阿呆な一族ではないのだ。
「正直、これが普通の考えよね。帝都直属のあの組織に所属しているのなら、あの万能薬が個人のものであるわけがないし、そもそも個人で複数所有できるものではないし。さらに価値がつけられない薬を三つも使用する許可が下りるわけないし……」
現実的に考えて、使用できたとしても一つだろう。
捕われていた時とは違い、心に余裕ができて、彼の素性が掴めたからこそ客観的に物事を見られるようになったのだ。
「あの人にはしてやられたわよ……。雑な口調で距離を縮めてきたことも、当たり前の顔をして万能薬を出してきたのも、『個人のもの』だと勘違いさせるためだろうから……」
「個人のものだと思わせられたら、あの万能薬も使いやすくなって、御仁の素性も悟られにくいものね」
「……はあ。お願いだから重たい罰が与えられていませんように……」
ため息を吐いて呟くカレンだが、その顔に罪悪感は浮かんでいない。——いや、罪悪感を抱かないように意識していた。
彼はどんな責任を問われることも覚悟で、それを悟らせないように助けてくれたはずなのだ。
『自分のせいで……』なんて反省してしまうのは、彼の善意に最大限感謝しているとは言えないのだから。
「カレンがそんなことを言うのも珍しいわね」
「う、うるさいわよ……」
ジトリとした目に変えて、すぐに言い返す。
「一人であたし達を助けに来てくれた人なんだから、別にこう言ってもいいじゃない……」
「ふふっ、別に悪いとは言っていないでしょう?」
「も、もう!」
空気を変えるためだろうが、突然のからかいに顔を赤くするカレンは頬を膨らませて恥ずかしさを誤魔化す。
その一方で、リフィアは優しい目に変えて口を動かすのだ。
「マリーとポルカの二人も言っていたけれど、本当に素敵な方よね。危険があったのに身を挺して助けてくれて、所属する組織からの責任を問われることも覚悟で……。家族として感謝してもしきれないわ」
「え? 今日お会いしたの?」
「一時間ほどだけどね」
リフィアが口にしたその名。
マリーはニーナの姉に当たる人物で、ポルカはレミィの姉に当たる人物。
そう、彼が助けた残り二人の少女の姉である。
「その時に聞いたお話だけど、ニーナちゃんとレミィちゃんも同じようなお話をしたそうよ」
「え?」
「早くお礼を伝えたいって。早くお会いしたいって。やっぱり考えていることは向こうも同じみたいだわ」
「ふーん……。まあ一番そう思っているのはあたしだけど」
「そこでムキにならないの」
「別にムキにはなってないし……」
大人びた容姿から数多くの求婚を受け、高嶺の花とされる三強の姉達。
リフィア・ディオール・アルディ。
マリー・クアリエ・アンサージ。
ポルカ・トラリア・アルブレラ。
そんな彼女らにさえ深読みされ、自ら会いたいと思われるほど好意的に見られている人物は今後これからも現れることはないだろう。
再会の日は少しずつ近づいていた。
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