第7話 翌朝と騒動
泥のように眠ったその翌日。
昼に差し掛かろうとした時間。
「……め、めちゃくちゃ美味い」
「ガハハ、そう言ってくれると嬉しいぜ兄ちゃん」
本名そのままに『カイ』という名で宿屋を取った男は、併設された食事処で料理を口に入れていた。
「兄ちゃんが黒の鎧を着てたお客さんで……合ってるかい?」
「ま、まあ……」
厨房から声をかけてきたのは、この宿を切り盛りする店主。
カウンター席での独り言を拾われるなんて思ってもいなかった男は、いつもの口下手を働かせてしまいながらも頷いて答える。
「やっぱりか! 声が似ていたような気がしてな」
「なるほど……」
甲冑を着ていただけにバレないと思っていたが、その予想は簡単に外れた。
この世界に転生してからよく思うことがある。
コミュニケーション能力に長けた者ばかりだと。無論、会話をリードしてくれるのはありがたいこと。
「それにしても兄ちゃん、鎧を着てる時とは随分印象が違うんだなあ。最初見た時はビビってたんだぜ? オレ」
「そ、そうなの……か?」
「圧が尋常じゃなかったからなあ。それにあの装備は相当な
昨日、装備を着て宿の受付をしただけに職業を誤解されているが、訂正はしない。
『職なし』とは言いづらいだけに。
「兄ちゃんは
「まあ……かなり遠いところから」
「道理で礼儀が正しいわけだ。この街のトレジャーハンターは
「は、はは……」
血の気が多いことで有名なトレジャーハンターでもある。つくづく巻き込まれたくはないと思う男は、引き攣った笑みを浮かべながら口に料理を運ぶ。
そうして店主と雑談しながら、完食に近づいていた矢先だった。
宿の出入り口になっている木製のスイングドアが開かれる。
「失礼。一つお尋ね願いたいのだが——」
店主と
入ってきたのは、金の紋章が入った鎧を着た者。
「——この宿に漆黒の装備を着た者が訪れてはいないだろうか」
「……店主さん、俺じゃない」
「いや、さすがにそれは無理があるだろ……」
コソコソとやり取りを交わす二人。
「……頼む。匿ってくれ」
「む、無茶言うな! あれは公爵家の……」
「公爵!? と、とりあえずもしもの時は俺がそう命令していたようにするから、本当に頼む」
心の底からの願いを悟った店主は、答えてくれた。
『残念ながら訪れていません』と。
その5分後。
「一つお尋ね願いたいのですが、こちらの宿屋に黒の装備を身に纏った者が来られてはいないでしょうか?」
木製のスイングドアが開かれ、修道服のようなドレスに十字の紋章が入った女性が入ってくる。
「……店主さん、頼む」
「ま、待て待て。あれは
「
これまた聞いたことがある名。
心の底からの願いを悟った店主は、もう一度答えてくれた。
『残念ながら……』と。
さらに五分後。
「忙しいところ失礼する。こちらの宿に黒色の鎧を着た者が来ていないだろうか」
木製のスイングドアが開かれ、銀の紋章が鎧に入った者が入ってくる。
「店主さん……」
「さ、さすがにあれは無理だ。あれは商業機構の……」
「もしもの時はそう命令してたようにするから……」
心の底からの願いを悟った店主は、再び答えてくれた。
『残念ながら……』と。
そして、三難が去った
「な、なあお前さん……」
警戒レベルを上げたように、『兄ちゃん』との呼び名を変えた店主は、ピクピクと片側の口角を動かしながら言う。
「お前さんは一体なにをしでかしたんだ……? この街の3強と呼ばれる権力者が一斉に探していたが……」
「わ、わからない……。探される理由に心当たりがあったらもう名乗り出てる」
心当たりがないからこそ、(怖くて)出られなかったのだ。
一度は三人の少女を助けた件かと思ったが、『お礼はいつか』と直接言っているのだ。昨日の今日でこんな活発に動くはずがない。
「な、なあ。さすがに3強に喧嘩を売るような真似はしてないよな……?」
「それも……わからん。無意識にそんなことをしてたのかもしれない……」
「それだけは洒落にならんぞ!?」
青白い顔で目を見開く店主を見て、カイは頭を抱えながら現実逃避を始めるのだった。
* * * *
「ディゴート公爵——」
「——なにか進展はあったか?」
「申し訳ありません。数を当てて情報を集めているのですが、まだ特定に至るようなものはなく……」
「さすがは
「ハッ!」
これと同様のやり取りは、他二つの家でも行われていたのだった。
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