第5話 偶然の繋がり

「本当にゲームの中そっくりだな……」

 街に入った先にある大きな噴水。

 石畳で整備された道。

 木組みの家々とオレンジ色で統一された屋根。パステルカラーのカラフルな壁面。

 記憶通りの光景で、城壁に守られたアルディア街を歩きながら、こんな独り言を漏らす男がいた。


(って、相変わらずの存在感だな……)

 ここからでも見える。中心部にそびえ立つトレジャーハンターの協会が。

 ゲームをプレイしていた時は、毎日のように出入りしていた場所である。


(どうせならいろいろ見て回りたいところだけど、さすがに体が限界だな……。それに——)

 街に入った瞬間から感じていた。

 ただならぬ視線の束を。

 その視線はすぐに外れるのではなく、頭から爪先へと行き来している。


『な、なにか?』と言うようにそちらに顔を向ければ、目を合わせてはいけない者と認識されているように、そっぽを向かれてしまう。


(一応はレア装備だから、目立って見えてたりするのか……? 中心部に行けば防具を着た人はたくさんいそうなもんだけどなぁ)

 あの三人を無事に送り届けるため、少しでも戦闘力を高めるために、ツリーハウスにあったこの装備を着たものの、これだけ注目されてしまうのは勝手が悪い。


「はあ。とっとと宿に向かおう……」

 金袋を叩いて金銭を確認する男は、宿屋が並んでいるはずの北西に向かって歩みを進めていく。

 そんな矢先だった。


「わあー! すごーい!」

「ッ!?」

 はしゃぎ声が聞こえたと思えば、片足に小さな衝撃が走る。

 反射的に首を下げれば、なぜか右足に抱きついている女の子がいた。無論、記憶にもない女の子だ。

「え?」

 辺りを見回しても親らしき人物は見当たらない。


(ち、ちょ……)

 動揺を露わにする男だが、甲冑で顔が隠れているために周りに気づかれることはない。

 堂々とした風に映っている。


「おにいちゃん! とれじゃーはんたーさん!?」

「え、えっと……まあそんなところだ。うん……」

 舌足らずの女の子は、目をキラキラ輝かせながら聞いてくる。

 実際にトレジャーハンターでもなんでもない男だが、防具を着ている身。こうでも言わなければ変な人に映ってしまう。

 もう一つ言うならば、こう答えなければ女の子の反応が怖かった部分もあった。


「やっぱりー! わたちのパパもね、むかしはとれじゃーはんたーしてたんだって!」

「ほ、ほう……」

「ゆうめいだったんだって!」

「おー……」

「でもね! いまもね! あそこでおしごとしてるの! ママもあそこでおしごとしてるの!」

「そ、それは凄いなー」

 女の子が指をさしたのは、中心部に聳え立つ建物——トレジャーハンター協会だった。

 当然、こんなことを教えられても困ってしまう。

 当たり障りない返事をしながら再び周りを見渡すも、親らしき人物は相変わらず見つけられない。


 その代わりとして気づいたことが一つ。

 それは、このやり取りを見ている住人が青白い顔になっていること。


(いや、こんなことで怒ったりしない……ぞ?)

 顔が見えないからこそ、感情が読み取れないのだろう。

 加えて武器を身につけているからこそ、『怒らせたらまずい』という認識があるのだろう。

 疲れた体にどんどんと追い打ちがかかっていく。


「ねっ! おにいちゃん、だっこ!」

「……」

 そんなことをつゆ知らず、女の子は小さな腕を伸ばして唐突な要求してくる。


「だっこ!」

「は、はいよ……」

 両親がトレジャーハンター協会で働いていることで、同業者によくお願いしているのだろうか。

 女の子の要望を叶えるように抱っこをし、ようやく話の主導権を握ることに成功する。


「君のママかパパ……どこにいるの?」

「あそこ!」

 女の子が次に指さすのは、露店で買い物をしている一人の女性。

 母親が少し目を離した隙に勝手に移動してきたのは予想するまでもない。

 男は女の子を抱えたまま母親の元に向かっていく。


「あのー、すみません。お子さんが……」

「ひっ!? ……えっ!」

 防具を着た者がいきなり声をかけたのだ。ビックリした様子を浮かべた母親だが、抱えた子どもにすぐ気づいた。


「ママー! おにいちゃんにだっこしてもらった!」

「いつの間に……って、コラ! 離れないように何度も言ってるでしょ!?」

「だってー!」

「いいから早く降りなさい! ご迷惑でしょ!? 本当に申し訳ありません!」

「いえ」

 謝罪に対して小さく首を振り、女の子を下ろす。


「いいか? ママの言うこと聞かないとダメだぞ」

「はーい」

 膝を折って目を合わせながら言うも軽く返される。

 絶対にわかっていない様子だが、子どもはこのくらいわんぱくな方がよいのかもしれない。


「この度は本当にありがとうございました。気をつけていたのですが、情けないです」

「まあ……何事もなかったので」

「ママ、げんきだして」

 喋ることがあまり得意ではない男だが、それをカバーするように女の子が口を挟んでくれる。母親の神経を逆撫でしているのは気のせいではないだろう。


「……それじゃあ用事もあるので」

「あ、あの! せめてお名前を! トレジャーハンターの方ですよね!?」

「名前は……ああ、大したことはしてないのでお気になさらず。それでは」

「ばいばいおにいちゃん! だっこありがとうね!」

「お、おう」

 女の子から大きく手を振られ、軽く振りかえしながらこの場を去っていく。


(よくよく思えば、今まで誰にも名乗ってなかったなぁ……。本名を使うか、適当に作った名前にするか、どうしようか……)

 そこを決めていなかっただけに答えられなかった男は、宿に向かいながら頭を働かせるのだった。



 ——その同時刻。

 この街のトレジャーハンター協会。その支部長に漆黒の装備を纏った男の情報が門衛経由で届けられていた。

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