第4話 勘違いその①

『おい! 取り急いで連絡しろッ!』

『し、承知しました!』

 街への出入り口になる城壁門の前では、門衛が慌ただしく動いていた。


「なんか……忙しそうだな」

「それはそうでしょ。無事に帰還したんだから。あたし達がさらわれた情報が伝わっていないわけないもの」

「な、なるほど」

 カレンからツッコミを入れられ、納得させられる。


 そんな中。

「わあ……」

 盲目だったニーナは故郷を目に入れて感嘆の声を上げていた。

「……」

 レミィに関しては無言のまま、腕を両手で掴られている状態である。

 恐らく恐怖が未だ残っているのだろう。


 さすがに抵抗はできずに好き勝手にさせていると、場を仕切っていたリーダー格の門衛が前に出てくる。

(一撃で葬ってきそうだな……)

 男が心の中で呟く通り、見た目から強さが伝わってくるほどのガチムチで——至るところに傷跡が見える。


「カレン様、ニーナ様、レミィ様。よくぞご無事で!」

 その歴戦と思われる門衛だが、見た目に反して物腰が低かった。


「ありがとう。無事に帰ってこれたのは、この人のおかげだけどね」

「この度は本当にありがとうございました。ご協力感謝いたします」

 急に話を振られ、『気にしなくていい』と伝えるようにパーの手を前に出す男。

 無言の対応になってしまったのは、ガチムチの門衛に最敬礼をされているから。戸惑いで口を出せる状態じゃなかったのだ。


「で、ではカレン様、ニーナ様、レミィ様は門衞所の中でご待機ください。お迎えが来られますので」

「……あの、あなたはこれからどうするのですか?」

「俺? 俺はしばらくこの街にいるつもりだけど」

 ニーナの質問に答えれば、カレンが補足を加えてくる。


「そうじゃなくって、これから予定があるかを聞いているのよ。詳しくは知らないけど、職業柄あったりするんじゃないの? 上への連絡とか」

「ああ……。まあ」

 そんなのは知ったこっちゃない。濁った返事になるのは当たり前である。


「……そんなに急がなくてもいい。レミィが許すぞ」

「お前はやけに上から目線だよな」

 見上げられながら言われ、目を合わせながら思ったことを言い返す。

 この時、目が飛び出るような表情を作る門衛が目の前にいたことを気づく由もない

男である。


「も、もし都合がつくなら……あなたもあたし達と一緒に待機しなさいよ。さすがにお礼をしないと面目が立たないわ」

「まあそれはいつか返してくれ。申し訳ないが今は暇じゃない」

「……はあ。そんなことだろうと思ってたけど」

「あ、あの……当家わたしからのお礼は……」

「それもいつかでいい。レミィも同じく」

(はあー。急に疲れが出てきたな……)

 ゲームの世界とは感覚が違うために大した戦闘ができるわけではないが、だからこそ街に辿り着くまで神経をすり減らし、周りへの警戒を続けていたのだ。

 緊張の糸が切れたことで、お礼よりも一刻も『早く体を休めたい』という気持ちになっていた。


「てか、お前らは早く門衛さんの指示に従って別室に入っとけ。安心するのは家に帰ってからだろ?」

「わ、わかったわよ……」

「本当にありがとうございました」

「……」

「おいレミィ。お前も」

「ん」

 一人残ろうとしたレミィを指摘し、別の門衛に案内されながら中に入っていくところを見送る。

 本来は誰にでも入れるような門衛所ではないだろうが、攫われた情報が伝わっているだけに、保護という理由で中に入れるのだろう。


 三人の少女が見えなくなったところで、この場に残っていたガチムチの門衛が再び頭を下げてくる。

「改めてお礼をさせてください。本当に感謝申し上げます」

「いや……いい」

 相手が相手だけに本当に対応しづらい。どうしても口下手になってしまう。


「まあ、あとはよろしく頼む」

「ハッ! 命に変えても」

「じ、じゃあ、俺は街に入らせてもらう……ぞ?」

「来街を歓迎させていただきます」

「お、おう……」

 そうして——。

 下手に出られていることで逆に圧倒されてしまう男は、キョロキョロしながら街の中に入るのだった。



 * * * *



 その後のこと。


「とんでもないヤツが来たな……」

「い、いやぁ……。あれはバケモンっすね。見ただけでわかりますもん」

 漆黒の装備に身を包む男を見送る門衛は、部下の門衛と会話していた。


「あの装備、オレ見たこともないっすよ。詳しい方だと自負してたんすけどねぇ……」

「恐らくレベル8の宝物殿ほうもつでんで見つけたレアアイテムだろうな」

「レ、レベル8!? あれはまだ最上位クランが二組しか攻略してない場所っすよ!?」

「あの犯罪組織、レッドフリードを相手に無傷で三人を救い出しているどころか、息女らの安全確保を優先し、街に入る前には入念な周囲警戒まで行っていた。相当な実力を持っていなければ、このようなリスクケアができるはずがない」

 これが歴戦の門衛が感じたこと。


「……甲冑に隠れたその顔を是非とも拝みたかったものだ」

「え、身分確認はしなかったんすか?」

「カレン様、ニーナ様、レミィ様を命懸けで救った相手を粗末に扱えるわけがないだろう。気分を害すような真似はさせられない」

「それもそうっすね。……あ、後出しになるんすけど、レベル8の攻略者ってのも納得っす。あの幻の万能薬を3つも使えるほどっすもん」

「幻の万能薬……?」

「リーダーは気付きませんでした? 御三方のご病気が回復されていること」

「——ッッ!?」

 さまざまなところで気を回していただけに、言われて気づくことだった。


「さっき聞いた話だと、渋ることなく当たり前に渡してきたそうっすよ。マジでエグいっすよね」

「……おい、彼の情報を上に報告しておけ。ハンター協会にもだ」

「え?」

「すぐに動け」

「り、了解っす!」

 真剣な声色と表情を察し、すぐに動く部下。


 最上位の爵位。公爵家令嬢、カレン・ディオール・アルディ。

 代々と続く聖々教会。聖女の家系、ニーナ・クアリエ・アンサージ。

 数多くの商業機構を束ねる首領の娘、レミィ・トラリア・アルブレラ。


 三強と呼ばれる権力を持ったその娘にあの軽口を叩けている様子。そして城を建てられるほど貴重な万能薬を消費してもなお、謝礼をあしらう様子から——帝都直属の暗躍組織の人間だと思案する門衞だった。






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